南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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海軍関係者の記述(1)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/23 04:59 投稿番号: [40906 / 41162]
当時の中国の首都、南京を武力占領したのは   陸軍であるため、
大虐殺があった事実を示す多くの証言や記録は、おもに陸軍の
関係者によるものだが、ここで   海軍関係者の証言についても
参考として   あげておきたい。

南京周辺で撃墜された海軍機の   乗務員の遺体を捜索するため、
占領直後の南京に入った   海軍将校が、そこで目撃した虐殺の
状況に関し、客観的な視点から   冷静に記述している。
以下、奥宮正武著   『私の見た南京事件』   より引用。

   下関は、南京と揚子江の対岸にある浦ロとともに、交通の
   要衝であった。   浦ロは、私が上海着任直後に、最初に、
   爆撃したところでもあった。   下関には   かなり大規模な
   停車場と開源碼頭(波止場)があった。

   そこで、その付近を見回っているうちに、陸軍部隊が
   多数の中国人を   文字通り虐殺している現場を見た。(略)
   構内の広場に入って見ると両手を後ろ手に縛られた中国人
   十数名が、江岸の縁にそって数メートル毎に引き出されて、
   軍刀や銃剣で惨殺されたのち、揚子江に投棄されていた。

   岸辺に近いところは、かなり深く目に見えるほどの速さの
   流れがあったので、ほとんどの死体は下流の方向に流れ去って
   いた。   が、一部の死にきれない者が   もがいているうちに、
   江岸から少し離れたところにある浅瀬に流れついていたので
   付近は血の川となっていた。

   そして、死にきれないものは銃撃によって止めが刺されていた。
   この一連の処刑は、流れ作業のように、極めて手順よく
   行なわれていた。   大声で指示する人々もいなかった。
   そのことから見て、明らかに陸軍の上級者の指示によるもの
   であると推察せざるをえなかった。
   したがって、部外者である私が   ロを出す余地はないと感じた
   次第であった。 ---- -

証言者である   奥宮正武氏は、高知県出身の   海軍軍人で、
戦後は   航空自衛隊に勤務し、空将で退官した人物だ。
南京事件当時の階級は海軍大尉で、航空隊分隊長を務めていた。
海軍兵学校出身で、歴戦を経験してきた   軍事の専門家であり
その視点は、冷静かつ的確に   現場の状況を   把握している。

彼が目撃した   虐殺の様子からは、戦闘の混乱の中で中国兵を
殺害したのではなく、抵抗できない   中国人たちを   組織的に、
「流れ作業のように、極めて手順よく」   処刑していたことが
分かる。  
また、彼は   その状況からみて、上部からの指示によるものと
軍人としての視点から推察できた   という事実も記している。
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