公人は『歴史認識はしっかり』すべき(2)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/29 22:05 投稿番号: [39027 / 41162]
名古屋市長の南京大虐殺についての発言は歴史的事実に反する。
南京大虐殺とは、37年12月、中国への 侵略戦争の中で
旧日本軍が 当時の中国の首都・南京を 武力攻撃・占領し、
中国軍兵士だけでなく、一般市民を 虐殺した事件だ。
市民の殺害、婦女の強姦、放火、略奪などの残虐行為は
占領後 2カ月にわたり 続けられた。
犠牲者は 30万人以上とも それ以下とも言われるが、
日本軍による虐殺は 国際的にも認められた紛れもない事実だ。
それは 当時の日本政府・軍の当局者の証言でも 明らかだ。
当時の外務省東亜局長だった 石射猪太郎は 回顧録
『外交官の一生』 の中で、日記の一節を 紹介し、
「上海から来信、南京に於ける我軍の暴状を詳報し来る。」
「掠奪、強姦、目もあてられぬ惨状とある。嗚呼これが皇軍か」
と書いている。
外務省外交史料館に所蔵されている 当時の中支那方面軍司令官
松井石根陸軍大将の日誌には、南京入城の際、「幾多我軍の暴行奪掠
事件を惹起し、皇軍の威徳を傷くること尠少ならさるに至れるや」
という事実が はっきりと記されている。
こうした資料をはじめ、膨大な証拠を調査したうえで、日本政府も
公式見解として、「多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があった」
という事実そのものは 否定できない と表明せざるを得ないのだ。
日本政府が認めている事実に 背を向け、南京事件は「なかった」
などというのは、政治家としての資質が 厳しく問われる問題だ。
今年は 日中国交正常化40周年だ。
日中両国は 「日中国民交流友好年」 と位置付け、
両国各地で 交流と友好のイベントが 企画されている。
今年を真の日中友好の年にするためにも、歴史を直視しない
恥ずべき政治家の発言を 野放しにすべきではない と思う。
南京事件と向き合うことは、日本人が軍国主義時代の残虐行為を
直視し、二度とくりかえさない決意を 世界に発信することだ。
過去の過ちを省みる行為は、けっして 恥ではない。
人間は、誰もが 成長過程で 必ず過ちや失敗を 経験する。
そのこと自体が 不名誉なことではない。
それは、個人も国家も 同様だ。
どの民族、どこの国にも 血なまぐさい侵略や 人権侵害など
“負の歴史”は 存在する。 日本だけが 特別なのではない。
問題は、過去の行為そのものではない。 その事実に対して
いかに勇気をもって向き合えるのかが 問題なのだ と思う。
自分の過ちを真摯に反省し、それを教訓として語れる人間こそ
人々から 信頼され、尊敬される。
それに対して、自分は 過ちなど起こさない、常に正しく、
尊敬されるべき人間であると 専ら自画自賛ばかりする者は
蔑まれこそすれ、敬愛に値するとは 誰も 思わないだろう。
南京大虐殺とは、37年12月、中国への 侵略戦争の中で
旧日本軍が 当時の中国の首都・南京を 武力攻撃・占領し、
中国軍兵士だけでなく、一般市民を 虐殺した事件だ。
市民の殺害、婦女の強姦、放火、略奪などの残虐行為は
占領後 2カ月にわたり 続けられた。
犠牲者は 30万人以上とも それ以下とも言われるが、
日本軍による虐殺は 国際的にも認められた紛れもない事実だ。
それは 当時の日本政府・軍の当局者の証言でも 明らかだ。
当時の外務省東亜局長だった 石射猪太郎は 回顧録
『外交官の一生』 の中で、日記の一節を 紹介し、
「上海から来信、南京に於ける我軍の暴状を詳報し来る。」
「掠奪、強姦、目もあてられぬ惨状とある。嗚呼これが皇軍か」
と書いている。
外務省外交史料館に所蔵されている 当時の中支那方面軍司令官
松井石根陸軍大将の日誌には、南京入城の際、「幾多我軍の暴行奪掠
事件を惹起し、皇軍の威徳を傷くること尠少ならさるに至れるや」
という事実が はっきりと記されている。
こうした資料をはじめ、膨大な証拠を調査したうえで、日本政府も
公式見解として、「多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があった」
という事実そのものは 否定できない と表明せざるを得ないのだ。
日本政府が認めている事実に 背を向け、南京事件は「なかった」
などというのは、政治家としての資質が 厳しく問われる問題だ。
今年は 日中国交正常化40周年だ。
日中両国は 「日中国民交流友好年」 と位置付け、
両国各地で 交流と友好のイベントが 企画されている。
今年を真の日中友好の年にするためにも、歴史を直視しない
恥ずべき政治家の発言を 野放しにすべきではない と思う。
南京事件と向き合うことは、日本人が軍国主義時代の残虐行為を
直視し、二度とくりかえさない決意を 世界に発信することだ。
過去の過ちを省みる行為は、けっして 恥ではない。
人間は、誰もが 成長過程で 必ず過ちや失敗を 経験する。
そのこと自体が 不名誉なことではない。
それは、個人も国家も 同様だ。
どの民族、どこの国にも 血なまぐさい侵略や 人権侵害など
“負の歴史”は 存在する。 日本だけが 特別なのではない。
問題は、過去の行為そのものではない。 その事実に対して
いかに勇気をもって向き合えるのかが 問題なのだ と思う。
自分の過ちを真摯に反省し、それを教訓として語れる人間こそ
人々から 信頼され、尊敬される。
それに対して、自分は 過ちなど起こさない、常に正しく、
尊敬されるべき人間であると 専ら自画自賛ばかりする者は
蔑まれこそすれ、敬愛に値するとは 誰も 思わないだろう。
これは メッセージ 39026 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.