歴史修正主義?
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2012/01/30 09:15 投稿番号: [38478 / 41162]
wadatumiさん。
南京大虐殺を否定したら罰せられる、ようなことになるなんて、
日本神話を否定したら殺される、と言うのと、
方向は同じですね。
秦郁彦著『南京事件』中公新書から、
南京事件元兵士「井家又一日記」の現物写真を、
私ホームページに転載しました。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbanniiemataitinikki.html
日本では、明治33年(1900年)には、小学校教育では現代かなに統一されていて、
昭和12年(1937年)の井家又一日記の文字は、
戦前の前線兵士が、個人の日記に使った文字とは思えません。
1900年から1937年までの間の、日本人のひらがなの手書きについては、
以下のページに、私の憶測が、いろいろ書いてあります。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/tyomeijinntokanadukai.html
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/tegamikouzazenn.html
1894年以降に生まれた人で、
小学校教育で現代ひらがなで勉強したはず、の人たち、
その人たちの手書き手紙の実例写真版を、以下にUPしました。
1890〜1893年の間の生年の人など、「年代別の手書き文書」もリンクさせてあり、
これからさらに充実させていく予定です。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/1894nennikouniumaretahitonomoji.html
UPした元兵士手書き「井家又一日記」は、
捕虜335人を殺害したと証言する異常な日の個人日記に、
日本人は普段は使わなかった、画数の多い「大字」と呼ばれる漢数字を使い、
言葉の使い方も、おかしな点が目立ちます。
旧かな遣いでは「ゐる」のはずなのに、現代かな遣い「いる」が出てきます。
戦前の軍では使われなかった「捕獲」という新しい用語が使われています。
また、井家又一日記は、
「著名日本人の日常手書き手紙」に比べて、非常に達筆流麗な文字です。
しかし、それほど文字を書く人なのに、
「本日新聞記者に自分は支那売店に立っている時」、とか「眺めらされる」とか、
文法的に違和感があるのも奇妙です。
つまり、 「戦後の中国作」 ではないかと思うのです。
南京事件では多数の元兵士の日記が発掘されています。
その内、A級戦犯として処刑された松井石根大将他、井家又一日記を含む18篇が、
偕行社『南京戦史資料集』に掲載されています。
しかしこの井家又一日記の奇妙さが指摘されないのであれば、
偕行社『南京戦史資料集』に掲載された他の17篇の日記も、
奇妙さがあっても指摘されないことになるでしょう。
つまり、発見された元兵士の日記は、「全部疑う必要がある」のではないか、
と思うのです。
南京事件関連の現代史議論の担い手は、手書きと活字の違いに、
関心がない方が多いと思います。
私には、この手書き・井家又一日記は、335名の捕虜を殺害した日に、
日本兵の手で書かれたものとは、思えません。
南京大虐殺を否定したら罰せられる、ようなことになるなんて、
日本神話を否定したら殺される、と言うのと、
方向は同じですね。
秦郁彦著『南京事件』中公新書から、
南京事件元兵士「井家又一日記」の現物写真を、
私ホームページに転載しました。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbanniiemataitinikki.html
日本では、明治33年(1900年)には、小学校教育では現代かなに統一されていて、
昭和12年(1937年)の井家又一日記の文字は、
戦前の前線兵士が、個人の日記に使った文字とは思えません。
1900年から1937年までの間の、日本人のひらがなの手書きについては、
以下のページに、私の憶測が、いろいろ書いてあります。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/tyomeijinntokanadukai.html
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/tegamikouzazenn.html
1894年以降に生まれた人で、
小学校教育で現代ひらがなで勉強したはず、の人たち、
その人たちの手書き手紙の実例写真版を、以下にUPしました。
1890〜1893年の間の生年の人など、「年代別の手書き文書」もリンクさせてあり、
これからさらに充実させていく予定です。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/1894nennikouniumaretahitonomoji.html
UPした元兵士手書き「井家又一日記」は、
捕虜335人を殺害したと証言する異常な日の個人日記に、
日本人は普段は使わなかった、画数の多い「大字」と呼ばれる漢数字を使い、
言葉の使い方も、おかしな点が目立ちます。
旧かな遣いでは「ゐる」のはずなのに、現代かな遣い「いる」が出てきます。
戦前の軍では使われなかった「捕獲」という新しい用語が使われています。
また、井家又一日記は、
「著名日本人の日常手書き手紙」に比べて、非常に達筆流麗な文字です。
しかし、それほど文字を書く人なのに、
「本日新聞記者に自分は支那売店に立っている時」、とか「眺めらされる」とか、
文法的に違和感があるのも奇妙です。
つまり、 「戦後の中国作」 ではないかと思うのです。
南京事件では多数の元兵士の日記が発掘されています。
その内、A級戦犯として処刑された松井石根大将他、井家又一日記を含む18篇が、
偕行社『南京戦史資料集』に掲載されています。
しかしこの井家又一日記の奇妙さが指摘されないのであれば、
偕行社『南京戦史資料集』に掲載された他の17篇の日記も、
奇妙さがあっても指摘されないことになるでしょう。
つまり、発見された元兵士の日記は、「全部疑う必要がある」のではないか、
と思うのです。
南京事件関連の現代史議論の担い手は、手書きと活字の違いに、
関心がない方が多いと思います。
私には、この手書き・井家又一日記は、335名の捕虜を殺害した日に、
日本兵の手で書かれたものとは、思えません。
これは メッセージ 38459 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.