南京陥落による戦没者の遺体の埋葬
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/11 06:38 投稿番号: [37625 / 41162]
崇善堂の存在を裏付ける資料はあっても、其処にあるのは炊き出しの類の奉仕活動の記録。
遺体を片付ける及び埋葬するなどに従事したことを表す記録や資料が殆どない。
あるのは、3件の資料。
一つは、南京市崇善堂報告の文書だ。
南京市崇善堂報告書≪南京市崇善堂埋葬隊活動一覧表≫付属文書
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付属文書 一
本堂は、同胞の惨死体がいたるところに散乱しているのを悼み、特別崇字埋葬隊を組織し、紅卍字会と協力した。紅卍字会は市西部の埋葬を担当し、本堂は市東部の埋葬を担当した。全部で四隊、各隊に主任を置き、食事つき、無給であった。隊員一人につき一日八合[ 中国の一合は約0.5合 ]、隊員10名につき一日米□六合を給した。
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『南京事件資料集・中国関係資料編』P277
二つ目は、1938年2月6日に崇善堂埋葬隊長周一漁が南京自治委員会に宛てた書簡。
崇善堂埋葬隊長周一漁が南京自治委員会に宛てた書簡
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1938年2月6日
中華民国二十七年二月七日着
拝啓 査するに幣堂が埋葬隊を成立させてから今まで一ヶ月近くたち、作業割当ては大変頻繁であります。しかし車両が大変不足しております。そのうえ今や春となり、気温が上昇してきております。残っている遺体を迅速に埋葬しなければ、おそらく遺体が地面に露出し、関係する公共衛生はまことに少なくないと存じます。一漁、ここにご高覧を仰ぎたく存じ上げます。幣堂所有の自動車は二十四年製造のものであり、目下修理に急を要しますので、次の各用品を配給されたくとくに書簡でお願い申し上げます。
1 バッテリー 2 ピストン肖子 3 クラッチ等
貴会がどうか補助の方法を講じ、事業に利をあたえ、慈善事業を推し進めることができますよう、この段どうかどうかご明察のほどあわせてお願いもうしあげます。
ご返事はこのうえにいただければ幸甚でございます。
南京市自治委員会御中
南京崇善堂埋葬隊長 周一漁
(以下、委員会の指示)
直接丁三自動車修理部と相談するように 2月8日
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(侵日軍南京大屠殺遇難同胞記念館所蔵資料より)
『南京事件資料集』中国関係資料編P278
南京在郷の豊かとはいえない慈善団体のようですね。
そしてもう一つは、中国政府が極東国際軍事裁判と中国の軍事裁判などの為に証拠資料として作成した文書で、紅卍会とは別に埋葬に当たった民間団体としてその処理数と作業期間が記されているだけだ。
その処理数とは、崇善堂埋葬隊が4月9日から5月1日までのわずか23日間に、南京城の南方および東方の近郊で10万4718体もの遺棄死体を埋葬し、12月28日から4月8日の104日間をかけて、城内で7548体を埋葬したというもの。
遺体を片付ける及び埋葬するなどに従事したことを表す記録や資料が殆どない。
あるのは、3件の資料。
一つは、南京市崇善堂報告の文書だ。
南京市崇善堂報告書≪南京市崇善堂埋葬隊活動一覧表≫付属文書
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付属文書 一
本堂は、同胞の惨死体がいたるところに散乱しているのを悼み、特別崇字埋葬隊を組織し、紅卍字会と協力した。紅卍字会は市西部の埋葬を担当し、本堂は市東部の埋葬を担当した。全部で四隊、各隊に主任を置き、食事つき、無給であった。隊員一人につき一日八合[ 中国の一合は約0.5合 ]、隊員10名につき一日米□六合を給した。
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『南京事件資料集・中国関係資料編』P277
二つ目は、1938年2月6日に崇善堂埋葬隊長周一漁が南京自治委員会に宛てた書簡。
崇善堂埋葬隊長周一漁が南京自治委員会に宛てた書簡
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1938年2月6日
中華民国二十七年二月七日着
拝啓 査するに幣堂が埋葬隊を成立させてから今まで一ヶ月近くたち、作業割当ては大変頻繁であります。しかし車両が大変不足しております。そのうえ今や春となり、気温が上昇してきております。残っている遺体を迅速に埋葬しなければ、おそらく遺体が地面に露出し、関係する公共衛生はまことに少なくないと存じます。一漁、ここにご高覧を仰ぎたく存じ上げます。幣堂所有の自動車は二十四年製造のものであり、目下修理に急を要しますので、次の各用品を配給されたくとくに書簡でお願い申し上げます。
1 バッテリー 2 ピストン肖子 3 クラッチ等
貴会がどうか補助の方法を講じ、事業に利をあたえ、慈善事業を推し進めることができますよう、この段どうかどうかご明察のほどあわせてお願いもうしあげます。
ご返事はこのうえにいただければ幸甚でございます。
南京市自治委員会御中
南京崇善堂埋葬隊長 周一漁
(以下、委員会の指示)
直接丁三自動車修理部と相談するように 2月8日
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(侵日軍南京大屠殺遇難同胞記念館所蔵資料より)
『南京事件資料集』中国関係資料編P278
南京在郷の豊かとはいえない慈善団体のようですね。
そしてもう一つは、中国政府が極東国際軍事裁判と中国の軍事裁判などの為に証拠資料として作成した文書で、紅卍会とは別に埋葬に当たった民間団体としてその処理数と作業期間が記されているだけだ。
その処理数とは、崇善堂埋葬隊が4月9日から5月1日までのわずか23日間に、南京城の南方および東方の近郊で10万4718体もの遺棄死体を埋葬し、12月28日から4月8日の104日間をかけて、城内で7548体を埋葬したというもの。
これは メッセージ 37616 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.