南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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南京事件の証人とされる外国人

投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/11 02:37 投稿番号: [37618 / 41162]
作・松村俊夫


一、昭和十二年十二月十五日   アメリカ軍艦オアフ号で南京を退去した新聞記者


(F・T・ダーディン)ニューヨーク・タイムズ。
  日本軍による大虐殺を報道した証人として最も有名。陥落後はアメリカの大使館で起居し、市内を廻っていた。

(A・T・ステイール)シカゴ・デイリー・ニューズ。
  十二月十五日にオアフ号から第一報を発信。

(C・Y・マクダニェル)AP通信社
(L・C・スミス)ロイター通信社
  ペイツらと同居していたこのニ人の記事にはアメリカ人宣教師からの影響は殆ど見られない。
  尚、他にパラマウント映画社のメンケンもいたが、映像は残っていない。

(C・M・マクドナルド)ロンドン・タイムズ。
  バネ−号に乗っていて遭難した。救助されて南京埠頭を通過したが、城内には入っておらず、従ってその記事はすべて伝聞。



二、南東に残留していた外国人


【ドイツ人】

(ジョン・ラ−べ)
  世界的兵器・電機コンツェルン、ジーメンス社の南京支社長。
  アメリカ権益が集中した地区にアメリカ人宣教師が設定しようとした安全区構想が出来たあと、国際委員会委員長として招かれたこ熱烈なヒトラ事崇拝者と   してのナチス党員。協力者にクレTガー、スペルリングがいる。


【アメリカ人宣教師】

(マイナ−・ベイツ)
  金陸大学歴史学教授こ国際委員会の中心メンバーで金陵大学緊急委員会委員長を兼ね、その財政責任者でもあった。
  上海にいたティンパレ−に「南京情報」を流し、南京と東京の軍事法廷では自己の行動を正当化して、日本軍の暴行を糾弾するためには偽証も辞さなかった。

(チャ−ルズ・リッグス)
  金懐大学でペイツの片腕となり、日本軍指弾の先鋒として動いていた。

(ジョン・マギ−)
  本事件で最も有名な牧師。
  眼前に見た被害者はすべて日本兵が加害したとの思い込み強く、東京裁判でも証言した。
  彼が撮った十六ミリフィルムは、日本軍による大虐殺の証拠とされるが、主として鼓榎病院内のものだったからか、アメリカ国務省もマスコミも無視した。

(ジョ−ジ・フィッチ)
  YMCAに所属。蘇州生まれで中国語が堪能だった。
  安全区内に潜む便衣隊と接触していたらしい。
  マギーのフィルムを持って帰米し、全米を反日と宣教師の活動を宣伝する講演旅行をして廻った。

(ロバート・ウィルソン)
  鼓樽病院の外科医師。
  十二月十三日以降に担ぎ込まれたり治療を求めてきた患者が、銃創・刀傷・火傷を問わず、すべて加害者は日本兵だったと訴えたことをそのまま信じた。
  東京裁判で証言。

(ルイス・スマイス)
  金陵大学社会学教授。
  国際委員会の秘書として、日・米大使館などへの文書作成に従事。
  南京市内外の戦争被害調査を完成させたとして著名。

  以上のうち、マギーを除く五名と、マッカラム、ミルズ、ソーンを含む合計ハ名の宣教師が共同生活をしていたから、彼等が夫々に書いた日本兵の暴行記事は殆ど重複している。
マギーは同じ宗派のフォースターと共に教会に住んでいた。
  尚、大学病院(鼓樺病院)にトリマー医師、バウアー、ハインズ両看護婦、金陵女子文理大学院のミス・ヴオートリンが難民の世話をしていた。
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