南京虐殺事件にみられる戦争の実相(2)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/11/12 14:08 投稿番号: [37382 / 41162]
日本軍の市内掃蕩で
多くの中国人が
殺されたが、
一部は
国際委員会が管理する
難民区内に逃げ込んだ。
国際委員会は、彼らを
武装解除して
収容したうえで
その保護要請を、日本軍に
提出した。
これを受けて
中支那方面軍は、兵士に
難民区には入らないように指示した。
しかし、この指示は
まったく
守られなかった。
入城直後から
日本兵が難民区に侵入し、掠奪や強姦を繰り返した。
このことについては、委員会関係者や
おびただしい数の外国人の
証言があり、さらに
第九師団歩兵第七聯隊の戦闘詳報や従軍者の
日記にも
日本軍が難民地区にまで侵入し、徹底的に敗残兵の
捕捉殲滅作戦が
行なわれていたことが
記録されている。
国際委員会の要請を
無視して行なわれた
難民区での
日本軍による「掃蕩作戦」
は、凄惨をきわめた。
第九師団
第七歩兵聯隊長の
日記では
「三日間ニ亘ル
掃蕩ニテ
約六千五百ヲ
厳重処分ス」、
また、戦闘詳報には
「刺射殺数(敗残兵)六六七〇」
(資料集「南京城内掃蕩成果表」)との記録が残されている。
この市内掃蕩は、国際委員会が難民保護にあたっていた
「安全区」を
主な舞台として
行なわれたことから、
当時から
世界に
広く知られることになった。
そのやり方は、青壮年を狩り集め、額に日焼けの線がある者、
靴ずれのある者、姿勢のよい者、眼つきの鋭い者
などの
いい加減な基準で
「兵士」
を選び出し、処刑の対象にした。
殺したのは「兵士」
だけだったと言い切ることは
到底でない。
これは メッセージ 37381 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/37382.html