南京事件の解明を困難にした証拠隠滅(1)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/11/06 19:39 投稿番号: [37326 / 41162]
南京事件などの
全容解明を困難にしている要因の一つに、
敗戦時に 軍が多くの書類を 焼却するなど処分したことが
挙げられる。 かろうじて処分を免れた 断片的な資料から
事件の実相に迫るしか 手段がない というのが 現状だ。
この点については前述したが、ある書き込みで 可笑しな
「反論」らしきものがあった。 拙文と併せ再掲してみよう。
>敗戦時に 軍部も政府も 責任の追及を恐れて、
>証拠湮滅のために 多くの関係書類を処分した
これに対する 「反論」 は、次のような 書き込みだ。
>敗戦時の混乱で必要書類すべてを処分できたと(中略)
>そんな軍隊にどうやったら勝てるのかお教え願いたい
いかにも 典型的な南京事件否定派の、面白い迷文だ と思う。
「多くの関係書類を処分」を、「書類すべてを処分」 へと
すり替えたのは、意識的なのか 読解力がないだけの曲解かは
分からないが、どちらにしても 文の意味が変わってしまう。
確かに、軍が 書類すべてを処分することは、難しいだろう。
だが、事件に関わる重要な証拠書類を処分するのは 可能だ。
事実として、重要部分は 失われているのが 実状だ。
あらためて、日本軍による 証拠隠匿のために行なった
敗戦直後の 書類湮滅に関して論じておくことにしよう。
事実、敗戦決定から 撤退あるいは占領軍進駐までの期間に
多くの書類を焼却処分した という記録や証言が 存在する。
たとえば、細菌兵器の 開発にあたっていた 731部隊も
例外ではない。 同部隊の施設が現在も中国に残されており、
本部棟や ボイラー室の煙突、レンガ塀など、破壊を免れた
建物の一部が、「世界文化遺産」 として 保存されている。
この建物は 一部破壊されているが、破壊したのは中国軍や
旧ソ連軍ではなく、じつは 日本軍自身が 破壊したものだ。
敗戦が迫り、ソ連軍が 間近に迫ったとき、731部隊員は、
ソ連軍に証拠をつかまれて 戦争犯罪に問われることを恐れ、
ボイラー室で 証拠書類を焼却し、さらに 逃亡する際には
石井隊長の命令によって 施設を爆破していったのだ。
ボイラー棟の煙突は もともと3本あったが、爆破により
1本は倒れ、現在は2本が残る。なお、このボイラー室から
隊全体に給湯され、セントラルヒーティング が整っていた。
当時としては豪華な設備だが、隊員の生活のためというより、
ペスト、コレラなど細菌を培養するために必要だったという。
撤収に当たり、石井隊長は隊員に 以下の命令を下していた。
①七三一部隊に在籍した事実の秘匿、
②公職復帰への禁止、 ③隊員相互の連絡の禁止
隊員たちは 戦後、混迷を極めながらも この命令を守った。
だが 進駐軍は、同部隊の調査を 進めていく中で、
石井隊長以下 幹部たちの所在を 突き止めるに至った。
極東軍事裁判で ソ連は、彼らの取り調べと処刑を要求した。
しかし、石井隊長は 保身のために、隊員にあれほど厳重に
秘匿を言い渡したにもかかわらず、密かに 隠し持っていた
「七三一関係資料」 を米軍に提供した。 米軍は 資料の
価値の大きさを測って、石井以下幹部の 免罪嘆願に及ぶ。
裁判にかければ、731部隊の技術情報が ソ連側に流れる。
その可能性を危惧したのだ。かくて、同部隊の実態は隠された。
敗戦時に 軍が多くの書類を 焼却するなど処分したことが
挙げられる。 かろうじて処分を免れた 断片的な資料から
事件の実相に迫るしか 手段がない というのが 現状だ。
この点については前述したが、ある書き込みで 可笑しな
「反論」らしきものがあった。 拙文と併せ再掲してみよう。
>敗戦時に 軍部も政府も 責任の追及を恐れて、
>証拠湮滅のために 多くの関係書類を処分した
これに対する 「反論」 は、次のような 書き込みだ。
>敗戦時の混乱で必要書類すべてを処分できたと(中略)
>そんな軍隊にどうやったら勝てるのかお教え願いたい
いかにも 典型的な南京事件否定派の、面白い迷文だ と思う。
「多くの関係書類を処分」を、「書類すべてを処分」 へと
すり替えたのは、意識的なのか 読解力がないだけの曲解かは
分からないが、どちらにしても 文の意味が変わってしまう。
確かに、軍が 書類すべてを処分することは、難しいだろう。
だが、事件に関わる重要な証拠書類を処分するのは 可能だ。
事実として、重要部分は 失われているのが 実状だ。
あらためて、日本軍による 証拠隠匿のために行なった
敗戦直後の 書類湮滅に関して論じておくことにしよう。
事実、敗戦決定から 撤退あるいは占領軍進駐までの期間に
多くの書類を焼却処分した という記録や証言が 存在する。
たとえば、細菌兵器の 開発にあたっていた 731部隊も
例外ではない。 同部隊の施設が現在も中国に残されており、
本部棟や ボイラー室の煙突、レンガ塀など、破壊を免れた
建物の一部が、「世界文化遺産」 として 保存されている。
この建物は 一部破壊されているが、破壊したのは中国軍や
旧ソ連軍ではなく、じつは 日本軍自身が 破壊したものだ。
敗戦が迫り、ソ連軍が 間近に迫ったとき、731部隊員は、
ソ連軍に証拠をつかまれて 戦争犯罪に問われることを恐れ、
ボイラー室で 証拠書類を焼却し、さらに 逃亡する際には
石井隊長の命令によって 施設を爆破していったのだ。
ボイラー棟の煙突は もともと3本あったが、爆破により
1本は倒れ、現在は2本が残る。なお、このボイラー室から
隊全体に給湯され、セントラルヒーティング が整っていた。
当時としては豪華な設備だが、隊員の生活のためというより、
ペスト、コレラなど細菌を培養するために必要だったという。
撤収に当たり、石井隊長は隊員に 以下の命令を下していた。
①七三一部隊に在籍した事実の秘匿、
②公職復帰への禁止、 ③隊員相互の連絡の禁止
隊員たちは 戦後、混迷を極めながらも この命令を守った。
だが 進駐軍は、同部隊の調査を 進めていく中で、
石井隊長以下 幹部たちの所在を 突き止めるに至った。
極東軍事裁判で ソ連は、彼らの取り調べと処刑を要求した。
しかし、石井隊長は 保身のために、隊員にあれほど厳重に
秘匿を言い渡したにもかかわらず、密かに 隠し持っていた
「七三一関係資料」 を米軍に提供した。 米軍は 資料の
価値の大きさを測って、石井以下幹部の 免罪嘆願に及ぶ。
裁判にかければ、731部隊の技術情報が ソ連側に流れる。
その可能性を危惧したのだ。かくて、同部隊の実態は隠された。
これは メッセージ 37309 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.