南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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日本軍が突き進んだ「南京への道」(4)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/11/03 12:53 投稿番号: [37288 / 41162]
上海派遣軍のなかで、もっとも組織的に   捕虜の大量殺害を
実行したのは、第十三師団   歩兵第百三旅団指揮下
歩兵第六十五聯隊基幹Y支隊であった   とされている。
Y支隊は、12月14日に   幕府山付近で   14,777名を
捕虜にした。   この人数は、当時の新聞でも   報道されており、
また   同支隊幹部や兵士の日記などにも   記録されている。

たとえば   上海派遣軍参謀長の   12月15日の日記にも
「Y支隊ノ俘虜   東部上元門附近ニ   一万五、六千アリ」
「尚増加ノ見込」   とあり、12月14日以降も   捕虜は
増え続けていたことがわかる。
Y支隊は、この大量の捕虜を   いったんは   収容したが、
隊の兵力の数倍にものぼる数で、その給養にも   困惑した。

支隊長の日記によると、14日に「恰モ発見セシ上元門外ノ
学校ニ収容セシ所、一四七七七名ヲ得タリ」「斯ク多クテハ
殺スモ生カスモ困ツタモノナリ」   と記録している。
また   15日には   「捕虜ノ仕末其他ニテ騎兵少尉ヲ南京ニ
派遣シ連絡ス」   「皆殺セトノコトナリ」   と記されている。

当時の日本軍は、人権の無視、人命軽視という   性質を持ち、
また、   「捕虜になるのは恥」とする   武士道的精神主義が、
敵国の捕虜をも   軽蔑し、否定するようになっていた。
さらに、中国人民に対する   差別意識、侮蔑的観念が加わり、
これが   中国人捕虜の   大量虐殺を招く   原因となった。

皇軍の幹部は、特種エリート教育のもとで   偏狭な武断主義に
凝り固まり、国際知識も   人権感覚も欠いた独断、積極主義が
中核となっていた。
それが   南京攻略戦における   捕虜や敗残兵と疑われた人々の
大量処刑、組織的な大量殺戮の   要因の一つとなった。

加えて   日中戦争は、戦争目的を   国民に   明示できないまま
予期せぬ規模に   拡大し、大軍を   広大な   中国大陸の各地に
送り込まねばならなくなったが、日本軍は、それを   応召兵や、
予後備兵に   頼らざるを得なかった。   幹部不足と素質の低下、
幕僚層の独善は、軍紀の紊乱と低下を   招く原因となった。

中国人民による   激しい抵抗は、戦争目的が   あいまいなまま
突然召集され損害多出の過酷な戦場に投入された   兵隊たちを
自暴自棄の行動に   かりたてることに   なってしまった。
これらも   軍紀風紀の頽廃、志気の低下を招く   原因となった。
「南京への道」は、こうして形成されていった   と考えられる。

南京事件の全貌と   責任が、すべて   明らかになってはいない。
その原因の一つは、敗戦時に   軍も政府も   責任の追及を恐れ、
証拠湮滅のために   多くの関係書類を   処分したことによる。
また   戦後日本で、戦争原因や責任究明が   きちんと行われず、
戦争を美化し   戦争犯罪を隠蔽する勢力が   温存されたことも
関係している。

仮に   被害者の数については   議論の余地がある   としても、
しかし、事件の存在そのものは、動かしがたい   歴史の事実だ。
その事実を、正確に   解明することと、原因を究明することが、
残された課題だろう   と思う。
どこの国家、どの民族にも   民主化・近代化する過程において
負の歴史、汚点は   例外なく   存在する。
過去の行為自体が、国家や民族の名誉を   汚すものではない。
過去を省みず真実から目を背けることこそが   国家の恥なのだ。

どんな忌まわしい過去であっても、歴史の真実を   直視し、
そこから   真摯に   教訓を学びとり、それを   次世代に伝えて
二度と   過ちをくり返さないように   しなければならない。
そうすることこそが、戦争の犠牲となって   生命を失った
内外の   数多の人々に報いる   唯一の道である   と思う。
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