Re: 『聖戦』であったのなら
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/10/16 23:49 投稿番号: [37081 / 41162]
<mario_porco_rosso>
>当時の日本政府が「西欧列強の植民地支配からの開放」と
>「民族及び人種間の国際差別の解消」を掲げて外交活動を展開し、
>掲げたまま戦争に至った
それが本当に当時の日本の政策であったなら、なぜ真っ先に併合した韓国を独立国に戻さなかったんですか?
また、武力で制圧した南洋諸島を「帝国領土ト決シ」た御前会議は、どう説明できるのですか?
そもそも、日本が清国から戦勝の報酬として李氏朝鮮王朝の独立を勝ち取ったのはなぜなのかお勉強なさい。
それにもかかわらず、大韓帝国の併合が両国間政府の合意で為されたのは、当時の国王がロシアと内通して権益を売り渡していたからだ。
併合以前も併合後も中華事大主義やロシア事大主義の反日テロ集団が破壊活動や暴力行動を繰り返していた。
自存独立を志した者達は、日本へ留学したり日本軍へ仕官して地位を高めて参謀本部付けを目指して実績も挙げている。
総督府付けの日本官僚や朝鮮の日本人官憲が自身の地位や立場の保身を優先したとしても、最終的には朝鮮自身の手で行政も治安も国防もできる体制になれば、再度の独立に帰すであろうことは当時の国家経営状況からすれば必然となっただろう。
日本語とハングルの普及を同時に勤めて施行していたのは、日本と共栄圏を形成する独立国になってほしかったからだ。
2、3世代経なければ実現しないことは、馬鹿か白痴でない限り分かることだ。
台湾への取り組みでも独立に向けての地道な施策や活動が為されていたのだよ。
戦後、韓国や北朝鮮で速やかに軍事政権が成り立ったのは、日本による教育でハングルが普及し、識字率が併合前と比べて格段に挙がっていたからだ。
だが、戻せる状況にならないうちに日本は敗戦したんだよ。
違うと云うなら、どのタイミングで戻してやれたと考えるのか、具体的に示しなさい。
敗戦で日本が台湾と朝鮮半島を放棄させられたとき、朝鮮民族は怒りを覚えなかった。
逆に台湾人は見捨てられたと心底怒った。
この違いがどこから来るのか、先ずはお勉強なさいな。
<mario_porco_rosso>
「帝国主義」とは、乱暴に言えば武力で植民地を拡大するやり方です。
「植民地の解放」とは正反対の方向ですね。
それは、実態を考えないで後世から見たときの狭義の意味での「帝国主義」だな。
実態を踏まえて云えば、「帝国主義」とは武力による植民地拡大ではない。
殖民の意味を理解しているかどうかも疑わしいな。
当時の日本は、自ら「帝国」と冠している。
それは東アジアの慣習に倣って国号の後に帝国を付けて、国際的な独立主権国家であることを示すためだ。
大国勢力の植民地である地域から植民地支配を排除した後に、その地域の状況を鑑みればその後も引き続きその地域の治安と防衛と自存自衛に至る道に意責任を負わねば、無責任極まりないことになるばかりか大日本帝国建国の志も放棄したことになる。
帝国主義の植民地支配者を排除するには、当時の先進技術である帝国主義の技術を以ってするしかなかっただけの事だ。
だから、植民地支配者を排除した後の一定期間は植民地体制に準じた体制で統治と治安維持に責任を持って復興と教育に当たらねばならない。
字義矛盾などと机上の空論を下にほざいても現実には何も寄与しないということだ。
字義が矛盾したように思おうが、実態が矛盾しなければ結果はでるのさ。
だから、日本がその責務を全うする前に敗戦して現地を植民地支配者によって追われた後も現地の住民が放棄して自ら排除独立への道を選んで、多くが結果を出したのだよ。
日本が負けたことで、植民地支配者からの守護者も擁護者も失くしたと感じた彼らは、自力で自らを守ることに目覚めて独立を得るに至る。
逆に、日本人は負けたことによって、他力で守られる立場をとることで早期の復興を達成することを目論み成功するが、自存独立殻は程遠い立場に立たされてしまったといえる。
字義がどうのと机上でほざいてる暇があったら、歴史の事実が示す現実を理解することだ。
>当時の日本政府が「西欧列強の植民地支配からの開放」と
>「民族及び人種間の国際差別の解消」を掲げて外交活動を展開し、
>掲げたまま戦争に至った
それが本当に当時の日本の政策であったなら、なぜ真っ先に併合した韓国を独立国に戻さなかったんですか?
また、武力で制圧した南洋諸島を「帝国領土ト決シ」た御前会議は、どう説明できるのですか?
そもそも、日本が清国から戦勝の報酬として李氏朝鮮王朝の独立を勝ち取ったのはなぜなのかお勉強なさい。
それにもかかわらず、大韓帝国の併合が両国間政府の合意で為されたのは、当時の国王がロシアと内通して権益を売り渡していたからだ。
併合以前も併合後も中華事大主義やロシア事大主義の反日テロ集団が破壊活動や暴力行動を繰り返していた。
自存独立を志した者達は、日本へ留学したり日本軍へ仕官して地位を高めて参謀本部付けを目指して実績も挙げている。
総督府付けの日本官僚や朝鮮の日本人官憲が自身の地位や立場の保身を優先したとしても、最終的には朝鮮自身の手で行政も治安も国防もできる体制になれば、再度の独立に帰すであろうことは当時の国家経営状況からすれば必然となっただろう。
日本語とハングルの普及を同時に勤めて施行していたのは、日本と共栄圏を形成する独立国になってほしかったからだ。
2、3世代経なければ実現しないことは、馬鹿か白痴でない限り分かることだ。
台湾への取り組みでも独立に向けての地道な施策や活動が為されていたのだよ。
戦後、韓国や北朝鮮で速やかに軍事政権が成り立ったのは、日本による教育でハングルが普及し、識字率が併合前と比べて格段に挙がっていたからだ。
だが、戻せる状況にならないうちに日本は敗戦したんだよ。
違うと云うなら、どのタイミングで戻してやれたと考えるのか、具体的に示しなさい。
敗戦で日本が台湾と朝鮮半島を放棄させられたとき、朝鮮民族は怒りを覚えなかった。
逆に台湾人は見捨てられたと心底怒った。
この違いがどこから来るのか、先ずはお勉強なさいな。
<mario_porco_rosso>
「帝国主義」とは、乱暴に言えば武力で植民地を拡大するやり方です。
「植民地の解放」とは正反対の方向ですね。
それは、実態を考えないで後世から見たときの狭義の意味での「帝国主義」だな。
実態を踏まえて云えば、「帝国主義」とは武力による植民地拡大ではない。
殖民の意味を理解しているかどうかも疑わしいな。
当時の日本は、自ら「帝国」と冠している。
それは東アジアの慣習に倣って国号の後に帝国を付けて、国際的な独立主権国家であることを示すためだ。
大国勢力の植民地である地域から植民地支配を排除した後に、その地域の状況を鑑みればその後も引き続きその地域の治安と防衛と自存自衛に至る道に意責任を負わねば、無責任極まりないことになるばかりか大日本帝国建国の志も放棄したことになる。
帝国主義の植民地支配者を排除するには、当時の先進技術である帝国主義の技術を以ってするしかなかっただけの事だ。
だから、植民地支配者を排除した後の一定期間は植民地体制に準じた体制で統治と治安維持に責任を持って復興と教育に当たらねばならない。
字義矛盾などと机上の空論を下にほざいても現実には何も寄与しないということだ。
字義が矛盾したように思おうが、実態が矛盾しなければ結果はでるのさ。
だから、日本がその責務を全うする前に敗戦して現地を植民地支配者によって追われた後も現地の住民が放棄して自ら排除独立への道を選んで、多くが結果を出したのだよ。
日本が負けたことで、植民地支配者からの守護者も擁護者も失くしたと感じた彼らは、自力で自らを守ることに目覚めて独立を得るに至る。
逆に、日本人は負けたことによって、他力で守られる立場をとることで早期の復興を達成することを目論み成功するが、自存独立殻は程遠い立場に立たされてしまったといえる。
字義がどうのと机上でほざいてる暇があったら、歴史の事実が示す現実を理解することだ。
これは メッセージ 37076 (mario_porco_rosso さん)への返信です.