「植民地解放戦争」という虚言について⑥
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/10/15 21:23 投稿番号: [37055 / 41162]
日本帝国が、どれほど熱心に
国際社会に対し
民族解放を求め、
植民地の独立を 何度 繰り返して 訴えていたというのか。
「アジア解放のための正義の戦争」であったという宣伝文句を
臆面もなく 垂れ流すのならば、その事実を提示すべきであるし、
自国の植民地を 最後まで解放しなかった理由を 明確にすべきだ。
内外の植民地解放運動を 武力によって 徹底的に弾圧した事実
のみならず、他国への派兵による 軍事行動の拡大という事実が、
当時の日本帝国には 民族主権の尊重や 植民地解放の志向など
まったくもって 存在していなかったことを 証明している。
他国の主権を尊重する意志が 少しでもあったならば、軍事力を
背景とした威嚇、挑発などは、厳に 慎むべきものだったはずだ。
日本軍は 中国大陸に 大軍を長期にわたって 派兵し続けた。
日中戦争の発端となった1937年の盧溝橋事件は、日本の領土でも
また、日中の国境地帯でもなく、中国の首都・北京の近郊で起きた。
事件勃発の前年、日本は支那駐屯軍を、1800人から 3倍以上の
5800人に 大幅に増強し、中国政府からの強い抗議を無視して、
増強部隊を 北京近郊の豊台に 駐屯させていた。
盧溝橋事件に関して、どちらが先に発砲したかを論じる者もいる。
しかし、問題は そのようなことではない。想像してみるがいい。
当事国の許諾もないまま その首都の近郊に 他国の大兵力が
強引に居座っている状況は、武力挑発以外の 何ものでもなく、
他国の主権を 蹂躙する暴挙であり、事実上の宣戦布告に等しい。
当時 陸軍参謀本部にいた 石原莞爾は 次のように証言している。
「豊台に兵を置くことになりましたが、之が遂に本事変の直接動機に
なつたと思ひます」 (「石原莞爾中将回想応答録」参謀本部作成)
列強各国は 義和団事件に関する最終議定書で中国への“駐兵権”を
有していた。 日本軍は、この権利をたてにして 「駐留」したが、
「最終議定書」に記された駐兵目的は、公使館を守る(第七条)、
北京・海浜間の「自由交通を維持」(第九条)に限定されていた。
この権利を 侵略拡大の足場にした国は、日本以外にはなかった。
日本軍の増強部隊が駐屯した豊台は 北京の守備の要であり、
すでに 中国軍が配備されていた場所だった。
互いの兵営の距離は わずかに 300メートルだったという。
その駐屯部隊が、同じく 北京の守りの要であった 盧溝橋で、
中国側に通告しないまま、夜間演習を実施。事件はその時起きた。
戦闘にならないほうが不思議といえる状況を作ったのは日本軍だ。
歴史に無知な靖国信徒などによると 日本軍の駐屯・兵力増強は
反日行動からの邦人居留民の保護 という口実も あるらしいが、
そもそも 中国人民に反日機運を醸成し、さらに 軍事的緊張を
極限まで高める要因を作った責任は誰にあったかを考えるべきだ。
他国を不平等条約のもとで半植民地化に等しい状況に置きながら、
軍事的圧力をかけ続けて 挑発し、戦争に追い込んだのは誰かを
客観的視点にたって 考えてみるべきだ。
太平洋戦争の原因についても、米英などによる経済封鎖によって
日本が追い詰められた結果、自衛のため やむなく起ち上がった
という口実が、靖国宣伝部によって 垂れ流されることがある。
その原因を作ったのも日本の軍事行動、他国への侵略行為であり
国際社会からの経済制裁を招いた責任は 自らにあったものだ。
戦争の原因を作った側が、「自衛」を口実にするのは、厚顔無恥だ。
植民地の独立を 何度 繰り返して 訴えていたというのか。
「アジア解放のための正義の戦争」であったという宣伝文句を
臆面もなく 垂れ流すのならば、その事実を提示すべきであるし、
自国の植民地を 最後まで解放しなかった理由を 明確にすべきだ。
内外の植民地解放運動を 武力によって 徹底的に弾圧した事実
のみならず、他国への派兵による 軍事行動の拡大という事実が、
当時の日本帝国には 民族主権の尊重や 植民地解放の志向など
まったくもって 存在していなかったことを 証明している。
他国の主権を尊重する意志が 少しでもあったならば、軍事力を
背景とした威嚇、挑発などは、厳に 慎むべきものだったはずだ。
日本軍は 中国大陸に 大軍を長期にわたって 派兵し続けた。
日中戦争の発端となった1937年の盧溝橋事件は、日本の領土でも
また、日中の国境地帯でもなく、中国の首都・北京の近郊で起きた。
事件勃発の前年、日本は支那駐屯軍を、1800人から 3倍以上の
5800人に 大幅に増強し、中国政府からの強い抗議を無視して、
増強部隊を 北京近郊の豊台に 駐屯させていた。
盧溝橋事件に関して、どちらが先に発砲したかを論じる者もいる。
しかし、問題は そのようなことではない。想像してみるがいい。
当事国の許諾もないまま その首都の近郊に 他国の大兵力が
強引に居座っている状況は、武力挑発以外の 何ものでもなく、
他国の主権を 蹂躙する暴挙であり、事実上の宣戦布告に等しい。
当時 陸軍参謀本部にいた 石原莞爾は 次のように証言している。
「豊台に兵を置くことになりましたが、之が遂に本事変の直接動機に
なつたと思ひます」 (「石原莞爾中将回想応答録」参謀本部作成)
列強各国は 義和団事件に関する最終議定書で中国への“駐兵権”を
有していた。 日本軍は、この権利をたてにして 「駐留」したが、
「最終議定書」に記された駐兵目的は、公使館を守る(第七条)、
北京・海浜間の「自由交通を維持」(第九条)に限定されていた。
この権利を 侵略拡大の足場にした国は、日本以外にはなかった。
日本軍の増強部隊が駐屯した豊台は 北京の守備の要であり、
すでに 中国軍が配備されていた場所だった。
互いの兵営の距離は わずかに 300メートルだったという。
その駐屯部隊が、同じく 北京の守りの要であった 盧溝橋で、
中国側に通告しないまま、夜間演習を実施。事件はその時起きた。
戦闘にならないほうが不思議といえる状況を作ったのは日本軍だ。
歴史に無知な靖国信徒などによると 日本軍の駐屯・兵力増強は
反日行動からの邦人居留民の保護 という口実も あるらしいが、
そもそも 中国人民に反日機運を醸成し、さらに 軍事的緊張を
極限まで高める要因を作った責任は誰にあったかを考えるべきだ。
他国を不平等条約のもとで半植民地化に等しい状況に置きながら、
軍事的圧力をかけ続けて 挑発し、戦争に追い込んだのは誰かを
客観的視点にたって 考えてみるべきだ。
太平洋戦争の原因についても、米英などによる経済封鎖によって
日本が追い詰められた結果、自衛のため やむなく起ち上がった
という口実が、靖国宣伝部によって 垂れ流されることがある。
その原因を作ったのも日本の軍事行動、他国への侵略行為であり
国際社会からの経済制裁を招いた責任は 自らにあったものだ。
戦争の原因を作った側が、「自衛」を口実にするのは、厚顔無恥だ。
これは メッセージ 37054 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.