南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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「植民地解放戦争」という虚言について④

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/10/15 21:22 投稿番号: [37053 / 41162]
1919年に朝鮮全土で起きた民衆運動「3・1独立運動」では、
当初、日本軍は、ただちに市民集会やデモを解散させようとした。
しかし、独立を叫ぶ運動は   朝鮮全土に広がる一方となった。
当時の原敬首相は   ことの重大性に驚愕し、ただちに3月11日、
朝鮮総督に対し   至急報で   次のように命令を出した。

  「今回の騒擾事件は、内外に対し表面上には極めて軽微なる問題
  とみなすを必要とす。   しかれども、裏面においては、厳重なる
  処置をとり、将来再発なきよう期せられたし。ただし、その処置
  については、外国人の最も注目する問題なるにより、いやしくも
  残酷苛察の批評を招かざることに、十分   注意されたし」

表面上では   朝鮮人民の独立運動を「軽い問題」   として扱い、
その裏では   厳重に対処して再発しないよう抑え込め。ただし、
その対処の仕方は   外国から批判されないよう注意せよ――
これが   日本政府の態度であり、どこにも   朝鮮民族の自主権
尊重や植民地解放・独立を促そうという志向は、一欠片もない。

命令どおり、現地では「厳重な処置」がとられ、警察だけでなく
軍まで出動。   弾圧で多数の死傷者、投獄者を出す事態となった。
一方で「内外に対し表面的には」軽微なるもの、つまり   一部の
「不逞鮮人」が起こした「暴動」   に過ぎない、と   宣伝された。
このため   その実態を、日本国民は   正確に知り得なかった。
植民地支配からの独立を求める民衆運動   という本質は隠された。

日本の国内世論は、圧倒的に   3・1運動を   「暴動」とみなす
論調が強かったが、ごく一部には   運動に同情を寄せる識者もいた。
たとえば   大正デモクラシーの主導者のひとり   吉野作造は、
『中央公論』などに   朝鮮総督府の失政を糾弾し、朝鮮の人々に
政治的自由を与え、同化政策を放棄せよとの主張を   発表した。

また   孫文との交友で知られる宮崎滔天は、朝鮮の独立運動を
「見上げたる行動」と評価し、朝鮮の人々の自由と権利を尊重し、
独立を承認すべきである   と述べている。
このほか、石橋湛山なども   運動への理解を   表明している。
しかし、そうした主張は   少数派であり、ほとんど無視された。

朝鮮民衆の独立運動は、日本軍の鎮圧により押さえ込まれた。
しかし、日本政府は   朝鮮民衆の抵抗の根強さと、ひそかに
海外に脱出した朝鮮人が、日本軍の残虐な武力弾圧の数々を
世界に公表したことによる   国際世論の攻撃を恐れ、従来の
統治方針を   改めざるを得なくなった。

原内閣は、習慣を破り   陸軍出身に代えて   海軍関係者を
朝鮮総督に   任命し、憲兵警察に代わって   普通警察とし、
官吏や教員も帯剣をやめた。   同時に、統治に有害でない
という条件つきで   『朝鮮日報』や   『東亜日報』などの
朝鮮文字の新聞発行も   検閲付きながら認めることになった。
3・1運動による、数少ない   「成果」   であった   と言える。
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