Re: 事実を把握しなければ風聞は消せない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2011/10/14 00:00 投稿番号: [37039 / 41162]
>軍政や日本政府の感覚では、その金額が荒稼ぎではなく当然の報酬金額と考えた適正金額の範疇なわけです。
「軍政や日本政府の感覚」について述べてある資料を示してください。
まさか、貴方の憶測や主観的表現ではないですよね?
事実に間違いがあれば、有り難く指摘して頂くが、俺の投稿には事実の間違いはないんだろ?
だったら、いちいち俺が良いと思って使用している主観表現にまでイチャモン付けるなよ。
俺は、客観的事実から、「荒稼ぎ」と判断して、「荒稼ぎ」と表現した。
「荒稼ぎ」という表現は、事実を分かり易く表現していると考えている。
オマエが気に入らなきゃ、オマエは「荒稼ぎ」と表現をしなければ良いだけ。
事実に誤りがあるなら指摘するべきだが、他人の主観的な表現にまでいちいちイチャモン付けるなよ。
▼事実▼
文玉珠は、贅沢品を消費しながら、2〜3年間で2万6145円の軍事郵便貯金をし、うち5千円を大邱の家族に送金していた。
■1.米軍がレポートする慰安婦の実態■
米軍情報部は、北ビルマの慰安所で収容された慰安婦からの聞き取りをもとに、以下のような報告書を残している。
女性たちは経営主が、600円前後の前借金を親に払って、その債務を慰安所での収入で返還している,女性たちの稼ぎは月に1500円前後、兵士の月給は20円前後。
慰安婦たちは、二階建て個室付きの大規模家屋に宿泊して業を営んだ。
・・・・彼女たちの暮らしぶりは、贅沢であった。
慰安婦は接客を断る権利を認められ、負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。また、ビルマのラングーンで慰安婦をしていた文玉珠さんの手記では、その生活ぶりを次のように語っており、米軍のレポートを裏付けている。
支那マーケットにいって買物した。ワ二皮のハンドバッグと靴を買い母のためにもなにか買った。将校さんに連れられてジープに乗って、ぺグーの涅槃像をみに行った。ちなみに文玉珠さんは、平成4年に日本の郵便局を訪れ、当時貯めた2万 6145円の貯金返還の訴訟を起こして敗れている。千円もあれば故郷に家が一軒買えると体験記で述べているが、現在の貨幣価値なら、4〜5千万円程度の金額を、3年足らずで貯めたことになる。
――――――――
[7:巨額のカネを稼いだ慰安婦の実態]
平成4年に韓国の元従軍慰安婦の文玉珠が起こした、「戦時郵便貯金の払い戻し請求訴訟」別名下関裁判というのをご存じですか?。
彼女は戦時中にビルマで従軍慰安婦をして貯めた26,245円を郵便貯金にしていましたが、後にその中から5,000円を朝鮮の実家に送り、
(略)
つまり30か月で2万6千円を貯金したので、毎月870円も貯金したことになります。大東亜戦争陸軍給与令(昭和18年)によれば、最下級の2等兵の月給は7円50銭で、下士官である軍曹が23円〜30円、戦地手当を含めると約2倍になったので、当時の兵士の収入を平均すると月額30円程度でした。彼女はその30倍も稼いだわけです。それだけではありません、陸軍中将の年俸でも5,800円でしたから、彼女は在ビルマ日本軍最高指揮官よりも、多く稼いでいたことになります。
■■追加資料■■
――――――――
文玉珠の場合、3年足らずで2万5千円貯金し、うち5千円を家族に送金している(文玉珠『ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私』(梨の木舎1996年)138ページ)。今なら1億円前後の大金である。
ベテランの日本人慰安婦も負けていない。吉原で10年暮らした高安やえは、「戦地へ行けば10倍稼げるし・・・・稼いだら内地に帰って商売を始めようと考えてラバウルへ・・・・一人5分と限り、一晩に200円や300円稼ぐのはわけがなかった」と回想している(高安やえ「女のラバウル小唄」『続戦中派の遺言女性版』櫂書房1979年)。
『慰安婦と戦場の性』秦郁彦著P392
――――――――
※当時の貨幣価値
・総理大臣月給 800円(東条英機) ・陸軍大将月給 550円 ・一般日本兵月給 15〜25円
━━━━━━絶対に越えられない壁━━━━━━
・文玉珠
・慰安婦の月収 1000円〜2000円(アメリカ軍の調書)
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円…
現地で贅沢品を消費しながら大邱の家族に5,000円を送金し、26,145円(現在の貨幣価値で約6,000万円)を約2年で貯金した売春婦
・高安やえ
「一晩に200円や300円稼ぐのはわけがなかった」
「女のラバウル小唄」『続戦中派の遺言女性版』櫂書房1979年
「軍政や日本政府の感覚」について述べてある資料を示してください。
まさか、貴方の憶測や主観的表現ではないですよね?
事実に間違いがあれば、有り難く指摘して頂くが、俺の投稿には事実の間違いはないんだろ?
だったら、いちいち俺が良いと思って使用している主観表現にまでイチャモン付けるなよ。
俺は、客観的事実から、「荒稼ぎ」と判断して、「荒稼ぎ」と表現した。
「荒稼ぎ」という表現は、事実を分かり易く表現していると考えている。
オマエが気に入らなきゃ、オマエは「荒稼ぎ」と表現をしなければ良いだけ。
事実に誤りがあるなら指摘するべきだが、他人の主観的な表現にまでいちいちイチャモン付けるなよ。
▼事実▼
文玉珠は、贅沢品を消費しながら、2〜3年間で2万6145円の軍事郵便貯金をし、うち5千円を大邱の家族に送金していた。
■1.米軍がレポートする慰安婦の実態■
米軍情報部は、北ビルマの慰安所で収容された慰安婦からの聞き取りをもとに、以下のような報告書を残している。
女性たちは経営主が、600円前後の前借金を親に払って、その債務を慰安所での収入で返還している,女性たちの稼ぎは月に1500円前後、兵士の月給は20円前後。
慰安婦たちは、二階建て個室付きの大規模家屋に宿泊して業を営んだ。
・・・・彼女たちの暮らしぶりは、贅沢であった。
慰安婦は接客を断る権利を認められ、負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。また、ビルマのラングーンで慰安婦をしていた文玉珠さんの手記では、その生活ぶりを次のように語っており、米軍のレポートを裏付けている。
支那マーケットにいって買物した。ワ二皮のハンドバッグと靴を買い母のためにもなにか買った。将校さんに連れられてジープに乗って、ぺグーの涅槃像をみに行った。ちなみに文玉珠さんは、平成4年に日本の郵便局を訪れ、当時貯めた2万 6145円の貯金返還の訴訟を起こして敗れている。千円もあれば故郷に家が一軒買えると体験記で述べているが、現在の貨幣価値なら、4〜5千万円程度の金額を、3年足らずで貯めたことになる。
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[7:巨額のカネを稼いだ慰安婦の実態]
平成4年に韓国の元従軍慰安婦の文玉珠が起こした、「戦時郵便貯金の払い戻し請求訴訟」別名下関裁判というのをご存じですか?。
彼女は戦時中にビルマで従軍慰安婦をして貯めた26,245円を郵便貯金にしていましたが、後にその中から5,000円を朝鮮の実家に送り、
(略)
つまり30か月で2万6千円を貯金したので、毎月870円も貯金したことになります。大東亜戦争陸軍給与令(昭和18年)によれば、最下級の2等兵の月給は7円50銭で、下士官である軍曹が23円〜30円、戦地手当を含めると約2倍になったので、当時の兵士の収入を平均すると月額30円程度でした。彼女はその30倍も稼いだわけです。それだけではありません、陸軍中将の年俸でも5,800円でしたから、彼女は在ビルマ日本軍最高指揮官よりも、多く稼いでいたことになります。
■■追加資料■■
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文玉珠の場合、3年足らずで2万5千円貯金し、うち5千円を家族に送金している(文玉珠『ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私』(梨の木舎1996年)138ページ)。今なら1億円前後の大金である。
ベテランの日本人慰安婦も負けていない。吉原で10年暮らした高安やえは、「戦地へ行けば10倍稼げるし・・・・稼いだら内地に帰って商売を始めようと考えてラバウルへ・・・・一人5分と限り、一晩に200円や300円稼ぐのはわけがなかった」と回想している(高安やえ「女のラバウル小唄」『続戦中派の遺言女性版』櫂書房1979年)。
『慰安婦と戦場の性』秦郁彦著P392
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※当時の貨幣価値
・総理大臣月給 800円(東条英機) ・陸軍大将月給 550円 ・一般日本兵月給 15〜25円
━━━━━━絶対に越えられない壁━━━━━━
・文玉珠
・慰安婦の月収 1000円〜2000円(アメリカ軍の調書)
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円…
現地で贅沢品を消費しながら大邱の家族に5,000円を送金し、26,145円(現在の貨幣価値で約6,000万円)を約2年で貯金した売春婦
・高安やえ
「一晩に200円や300円稼ぐのはわけがなかった」
「女のラバウル小唄」『続戦中派の遺言女性版』櫂書房1979年
これは メッセージ 37030 (maximirion さん)への返信です.