南京虐殺の背景にあった人権感覚欠如③
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2009/12/26 08:18 投稿番号: [30396 / 41162]
「事変」であるから、戦時に適用される国際規約は守る必要がない――
この一方的な位置づけも、南京での捕虜に対する虐殺行為につながった。
もともと中国人への蔑視が存在したうえに、戦友を殺されたという憎悪、
敵愾心が膨れ上がった日本軍兵士には、国際法規も 人権尊重の意識も
失われて当然の状況がうまれていたのだ。
日清・日露の戦役を上回る大規模な戦争に拡大しているにもかかわらず
日本軍は「事変」と称し、天皇の開戦詔勅さえもないまま侵攻を続けた。
支那事変」という呼称を決めたのは、1937年9月2日の閣議決定で
「今回ノ事変ハ之ヲ支那事変ト呼称ス」と決定したことによる。
その理由として「今回ノ事変ハ北支蘆溝橋附近ニ於ケル日支兵衝突ニ
端ヲ発シタルモノナルモ 今ヤ支那全体ニ及ブ事変ト化シタルヲ以テ
其ノ呼称モ名実相伴フ如クシ国民ノ意思ヲ統一スルノ必要アルニ依ル」
としている。
しかし、実のところ 戦争と呼称しなかった最大の理由は、
1928年のパリ不戦条約で「戦争放棄」が決められていたからだ。
さらに、国際法上、戦争となると中立法規が適用され、
参戦する意思のない国は 中立を守らなければならない。
アメリカは 1935年に中立法を制定しており、
交戦国や内乱国に、武器または軍需物資の輸出を禁止していた。
同法が発動されれば、日本は同国から戦略資源を輸入できなくなり、
戦争継続も困難になってしまう。
だからこそ、日本政府は、宣戦布告や最後通牒を避け、
日中戦争ではなく、あくまでも「支那事変」などと呼んだのだ。
宣戦布告もない戦争は 国際的には不正義なことであるため、
国民にも「戦争ではない」「悪い中国人を懲らしめるだけ」と宣伝し、
なおかつ、侵略戦争としての本質を 国際社会に隠す意味もあった。
なお、「大東亜戦争」という呼称は、41年12月12日の閣議決定
「今次戦争ノ呼称並ニ平戦時ノ分界時期等ニ付テ」で、
「今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ
支那事変ヲモ含メ 大東亜戦争ト呼称ス」 という決定に基づいている。
この「大東亜戦争」という呼称も、侵略戦争の性格を覆い隠し、
アジアの人々があたかも「共栄」できる「大東亜共栄圏」をつくる、
いかにも「正義の戦争」であるかのように 思わせるものだった。
敗戦後は、右翼を除いて 一般に「太平洋戦争」の呼称が定着する。
それは占領軍主導だったが、「大東亜戦争」の呼称の欺瞞性を否定する
国際社会の客観的な歴史理解に立っていた。
以後、歴史認識の深化とともに「満洲事変」から太平洋戦争終結までを
「十五年戦争」、「アジア・太平洋戦争」という呼称も使われている。
呼称の変化は、戦争の評価・位置づけと不可分ということだ。
時代の発展についていけない 黴の生えた化石脳の持ち主だけは
いまだに「シナ事変」や「大東亜戦争」の呼び方をしている。
この一方的な位置づけも、南京での捕虜に対する虐殺行為につながった。
もともと中国人への蔑視が存在したうえに、戦友を殺されたという憎悪、
敵愾心が膨れ上がった日本軍兵士には、国際法規も 人権尊重の意識も
失われて当然の状況がうまれていたのだ。
日清・日露の戦役を上回る大規模な戦争に拡大しているにもかかわらず
日本軍は「事変」と称し、天皇の開戦詔勅さえもないまま侵攻を続けた。
支那事変」という呼称を決めたのは、1937年9月2日の閣議決定で
「今回ノ事変ハ之ヲ支那事変ト呼称ス」と決定したことによる。
その理由として「今回ノ事変ハ北支蘆溝橋附近ニ於ケル日支兵衝突ニ
端ヲ発シタルモノナルモ 今ヤ支那全体ニ及ブ事変ト化シタルヲ以テ
其ノ呼称モ名実相伴フ如クシ国民ノ意思ヲ統一スルノ必要アルニ依ル」
としている。
しかし、実のところ 戦争と呼称しなかった最大の理由は、
1928年のパリ不戦条約で「戦争放棄」が決められていたからだ。
さらに、国際法上、戦争となると中立法規が適用され、
参戦する意思のない国は 中立を守らなければならない。
アメリカは 1935年に中立法を制定しており、
交戦国や内乱国に、武器または軍需物資の輸出を禁止していた。
同法が発動されれば、日本は同国から戦略資源を輸入できなくなり、
戦争継続も困難になってしまう。
だからこそ、日本政府は、宣戦布告や最後通牒を避け、
日中戦争ではなく、あくまでも「支那事変」などと呼んだのだ。
宣戦布告もない戦争は 国際的には不正義なことであるため、
国民にも「戦争ではない」「悪い中国人を懲らしめるだけ」と宣伝し、
なおかつ、侵略戦争としての本質を 国際社会に隠す意味もあった。
なお、「大東亜戦争」という呼称は、41年12月12日の閣議決定
「今次戦争ノ呼称並ニ平戦時ノ分界時期等ニ付テ」で、
「今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ
支那事変ヲモ含メ 大東亜戦争ト呼称ス」 という決定に基づいている。
この「大東亜戦争」という呼称も、侵略戦争の性格を覆い隠し、
アジアの人々があたかも「共栄」できる「大東亜共栄圏」をつくる、
いかにも「正義の戦争」であるかのように 思わせるものだった。
敗戦後は、右翼を除いて 一般に「太平洋戦争」の呼称が定着する。
それは占領軍主導だったが、「大東亜戦争」の呼称の欺瞞性を否定する
国際社会の客観的な歴史理解に立っていた。
以後、歴史認識の深化とともに「満洲事変」から太平洋戦争終結までを
「十五年戦争」、「アジア・太平洋戦争」という呼称も使われている。
呼称の変化は、戦争の評価・位置づけと不可分ということだ。
時代の発展についていけない 黴の生えた化石脳の持ち主だけは
いまだに「シナ事変」や「大東亜戦争」の呼び方をしている。
これは メッセージ 30395 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.