南京虐殺の背景にあった人権感覚欠如②
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2009/12/26 07:49 投稿番号: [30395 / 41162]
中国侵攻戦が長期持久戦に入ると、日本軍は
華北において
中国軍が押さえていた地域、特に共産党が解放した抗日根拠地に対し、
大規模な「掃討作戦」を
繰り返し
実施した。
日本軍は
万里の長城の南北500キロ以上に「無人区」を設定し、
区域内にある村落を
徹底して「消滅」させていく作戦を展開した。
そのあまりの残虐さから、中国では、これらを、焼光、殺光、搶光、
つまり、焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす「三光作戦」と呼んだ。
一方、日本軍自身は
これを「燼滅掃討」と呼称した。
つまり、燃えカスが無くなるまで徹底的に滅ぼす作戦という意味だ。
この作戦で、37〜45年の8年に
7つの根拠地だけに限っても
約318万人の中国人が殺され、276万人が連行され、
1952万軒の家屋が焼かれ、5745万トンの食料が奪われ、
631万頭の耕作用家畜、4800万頭の豚・羊が失われたとされる。
(参考:『日本侵略軍在中国的暴行』軍事科学院外国軍事研究部編著)
作戦の実態は、被害を受けた中国の民衆や、元日本軍兵士の様々な証言、
記録によって窺い知ることができる。
「残虐行為はなかった」という靖国派は、中国側の調査はもちろん、
日本軍兵士の証言も「ウソだ」「捏造だ」などとして否定しようとする
が、数々の客観的証拠は、その憶測や主観的見解を打ち砕いている。
参考までに
昭和天皇の末弟・三笠宮崇仁の証言をあげておきたい。
三笠宮は、「支那派遣軍総参謀に補せられ、南京の総司令部に
赴任したときに、日本軍の残虐行為を知らされました」
「ごくわずかしか例があげられませんが、それはまことに氷山の一角に
すぎないものとお考え下さい」
と前置きし、次のように書いている。
ある青年将校―私の陸士時代の同期生だったからショックも
強かったのです―から、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を
銃剣で突きささせるにかぎる、と聞きました。
また、多数の中国人捕虜を貨車やトラックに積んで満州の広野に
連行し、毒ガスの生体実験をしている映画も見せられました。
その実験に参加したある高級軍医は、かつて満州を調査するために
国際連盟から派遣されたリットン卿の一行に、コレラ菌を付けた
果物を出したが成功しなかった、と語っていました
(『古代オリエント史と私』学生社、84年6月刊)
華北における掃討作戦は、南京大虐殺、毒ガス使用とともに
旧日本軍の人権感覚の欠如ぶりを象徴するものだ。
これは メッセージ 30394 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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