南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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南京虐殺の背景にあった人権感覚の欠如

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2009/12/26 07:28 投稿番号: [30394 / 41162]
旧日本軍の   中国人に対する極端な蔑視、人権無視の姿勢が
南京事件をはじめとする中国各地での残虐行為の根底にあった。
そのことを端的に物語る事実が、毒ガス兵器の使用だった。
対米英軍に対しては使用しなかった(できなかった)が、
中国大陸では残虐兵器が   躊躇なく、大量に投入されていたのだ。

中国   河北省にある北坦村。
北京から南西へ   車で約4時間ほどの平原に位置している。
1942年5月27日、日本の北支那方面軍の第110師団の一大隊が
この地を「抗日根拠地」であるとして、村を急襲した。
当時、この村には   220世帯、1227人が暮らしていた。

村民は日本軍から逃れるため、全村を掘りつないでいた坑道に隠れた。
そこに   日本軍は   毒ガスを投入した。
坑道は地獄と化し、中毒死、刺殺、銃殺によって   少なくとも800人、
最大で1100人の村民が殺害された。
女性は、毒ガスで殺害されたほか、多数が強姦された。

現在、村にある虐殺記念碑には、多くの被害者名とともに
「それは最も悲しみの大きな一日だった。」
「我々が『五二七』の惨状を忘れることは永遠にありえない。」
「まだ母親の懐を離れない多くの乳飲み子と彼らの母親が、
ともに虐殺された。烈士たちの鮮血は黄土を赤く染めた。」
「八百人の遺体は、通りいっぱいに横たわった」   と刻まれている。

日本軍による毒ガス使用は、北坦村だけでなく、中国全土で
2千回以上におよび、死傷者は   94000人以上と推計されている。
(参考文献:紀学仁『日本軍の化学戦』大月書店)
こうした残虐な毒ガス使用があまり知られていないのは、
戦前は日本軍が、戦後はアメリカ占領軍が隠蔽したからだ。

化学兵器や細菌兵器などの残虐兵器は国際条約で国際法違反とされた。
このため、第一次世界大戦後、化学兵器の開発を始めた日本陸軍は、
毒ガス製造工場を設置した広島県の大久野島を地図上から消すなど、
秘密主義を徹底した。

一方、中国への侵略戦争を始めると、化学戦部隊を戦場へ派遣した。
関東軍は   化学戦部隊・516部隊を   満州のチチハルに創設。
36年に創設した細菌戦部隊・731部隊と共同し、
毒ガスによる生体実験も実施するが、すべて軍事機密とされ、
毒ガスも「あか筒」「みどり筒」などと呼称した。
敗戦直前の撤退時には証拠隠滅を図った。

しかし、戦争中から毒ガス使用を非難してきた中国国民政府と米国は、
証拠をつかんでおり、戦後当初は、日本軍の毒ガス使用を国際法違反
として裁くはずだった。
ところが、一転、アメリカは   日本軍の生体実験などの研究データを
引き渡すことを条件として関係者を免罪し、極東軍事裁判(東京裁判)
では、毒ガスや細菌兵器の犯罪解明をせず   事実を隠したのだ。
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