アメリカの日本兵捕虜虐待1
投稿者: kurunsupot 投稿日時: 2004/09/01 20:27 投稿番号: [2886 / 41162]
米兵の蛮行を知る前に、次の事実を知ると、米兵の残虐性が良く理解できます。
(以下の4点は、新ゴーマニズム宣言:戦争論3,より)
・ 対ドイツ戦の戦意高揚ためのバッジには、ヒトラーの写真と「指名手配の殺人犯」という文字が刻まれていた。一方、対日本戦のためのバッジには猿の絵と「ジャップ狩猟許可証年中有効無制限」の文字か刻まれていた。
・ トマス・プレーミー将軍の演説:「諸君らが戦っているのは奇妙な人種である。人間と猿との中間にあると言っていい。文明存続のためには我々は最後まで戦い抜かねばならない。日本人を根絶しなければならない。
・ 1934年の米軍の調査では、米兵の半数が日本民族根絶すべきと考えていた。
・ 若い女性が、米兵から記念品として日本人兵の頭蓋骨を送られ、その礼状を書いている。(有名な写真あり)
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下、「世界が裁く東京裁判」から一部抜粋
会田雄次著『アーロン収容所』には、戦後、イギリス軍が降伏した日本軍将兵に劣悪な住居、僅かな食料しか与えないまま激しい強制労働を課すことで、いかに多くの日本軍将兵を病死、衰弱死に至らしめたかが描かれている。
本田忠尚著『マレー捕虜記』によれば、ビルマ、マレー、シンガポール地区の強制労働での日本兵の死者は、実に四千名を越えるという。また、マレーシアのクアラルンプール日本人墓地には、マラヤ共産党軍掃討のために戦後イギリスによって戦争に駆り出され、無念の死を遂げた日本兵たちの粗末なお墓が並んでいる。
一九二七年(昭和二年)に大西洋横断の単独飛行を成し遂げたチャールズ・リンドバーグ大佐は戦時中、南太平洋の激戦地で実際に前線を視察し、『リンドバーグ第二次大戦日記』を書いたが、その中で、日本兵に対する米兵の残虐ぶりを次のように批判している。
《一九四四年七月十三日……話が日本軍とわが軍が犯す残虐行為に及んだ。わが軍の一部兵士が日本人捕虜を拷問し、日本軍に劣らぬ残虐な蛮行をやっていることも容認された。わが軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない。日本人を動物以下に取り扱い、それらの行為が大方から大目に見られているのである。われわれは文明のために戦っているのだと主張されている。
ところが、太平洋における戦争をこの眼で見れば見るほど、われわれには文明人を主張せねばならぬ理由がいよいよ無くなるように思う。事実、この点に関するわれわれの成績が日本人のそれより遥かに高いという確信は持てないのだ。》(『リンドバーグ第二次大戦日記(下)』p532)
《八月三十日:・…海兵隊は日本軍の投降をめったに受け付けなかったそうである。激戦であった。わが方にも将兵の損害が甚大であった。敵を悉く殺し、捕虜にはしないというのが一般的な空気だった。捕虜をとった場合でも、一列に並べ、英語を話せる者はいないかと質問する。英語を話せる者は尋問を受けるために連行され、あとの連中は「一人も捕虜にされなかった」という。》
(『リンドバーグ第二次大戦日記(下)』p556)
(以下の4点は、新ゴーマニズム宣言:戦争論3,より)
・ 対ドイツ戦の戦意高揚ためのバッジには、ヒトラーの写真と「指名手配の殺人犯」という文字が刻まれていた。一方、対日本戦のためのバッジには猿の絵と「ジャップ狩猟許可証年中有効無制限」の文字か刻まれていた。
・ トマス・プレーミー将軍の演説:「諸君らが戦っているのは奇妙な人種である。人間と猿との中間にあると言っていい。文明存続のためには我々は最後まで戦い抜かねばならない。日本人を根絶しなければならない。
・ 1934年の米軍の調査では、米兵の半数が日本民族根絶すべきと考えていた。
・ 若い女性が、米兵から記念品として日本人兵の頭蓋骨を送られ、その礼状を書いている。(有名な写真あり)
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以下、「世界が裁く東京裁判」から一部抜粋
会田雄次著『アーロン収容所』には、戦後、イギリス軍が降伏した日本軍将兵に劣悪な住居、僅かな食料しか与えないまま激しい強制労働を課すことで、いかに多くの日本軍将兵を病死、衰弱死に至らしめたかが描かれている。
本田忠尚著『マレー捕虜記』によれば、ビルマ、マレー、シンガポール地区の強制労働での日本兵の死者は、実に四千名を越えるという。また、マレーシアのクアラルンプール日本人墓地には、マラヤ共産党軍掃討のために戦後イギリスによって戦争に駆り出され、無念の死を遂げた日本兵たちの粗末なお墓が並んでいる。
一九二七年(昭和二年)に大西洋横断の単独飛行を成し遂げたチャールズ・リンドバーグ大佐は戦時中、南太平洋の激戦地で実際に前線を視察し、『リンドバーグ第二次大戦日記』を書いたが、その中で、日本兵に対する米兵の残虐ぶりを次のように批判している。
《一九四四年七月十三日……話が日本軍とわが軍が犯す残虐行為に及んだ。わが軍の一部兵士が日本人捕虜を拷問し、日本軍に劣らぬ残虐な蛮行をやっていることも容認された。わが軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない。日本人を動物以下に取り扱い、それらの行為が大方から大目に見られているのである。われわれは文明のために戦っているのだと主張されている。
ところが、太平洋における戦争をこの眼で見れば見るほど、われわれには文明人を主張せねばならぬ理由がいよいよ無くなるように思う。事実、この点に関するわれわれの成績が日本人のそれより遥かに高いという確信は持てないのだ。》(『リンドバーグ第二次大戦日記(下)』p532)
《八月三十日:・…海兵隊は日本軍の投降をめったに受け付けなかったそうである。激戦であった。わが方にも将兵の損害が甚大であった。敵を悉く殺し、捕虜にはしないというのが一般的な空気だった。捕虜をとった場合でも、一列に並べ、英語を話せる者はいないかと質問する。英語を話せる者は尋問を受けるために連行され、あとの連中は「一人も捕虜にされなかった」という。》
(『リンドバーグ第二次大戦日記(下)』p556)
これは メッセージ 2867 (kurunsupot さん)への返信です.