パル判決について
投稿者: ja2047 投稿日時: 2004/08/28 12:03 投稿番号: [2740 / 41162]
>パール判事一人が無実を訴えたところで、他の12人の判事は有罪としているのでしょう、
パル判事が松井大将を無罪としたのは、松井大将の責任を問えないとしたのであって、
南京での残虐行為(アトロシティーズ)は、明らかにあったと認定しているのです。
以下、パル判事の少数意見の要旨です。
「これに関し、本件において提出された証拠に対し言い得るすべてのことを念頭において、 宣伝と誇張を出来うる限り斟酌(しんしゃく)しても、 なお残虐行為は日本軍そのものが占領したある地域の一般民衆、はたまた 戦時俘虜に対し犯したものであるという証拠は圧倒的である。
問題は被告に、かかる行為に関し、どの程度まで刑事的責任を負わせるかにある。」
(パル判決書(下) 1984年 講談社学術文庫 P566)
「本官は事件の裏付けとして提出された証拠の性質を、各件ごとに列挙した。この証拠がいかに不満足なものであろうとも、これらの鬼畜行為の多くのものは、実際に行われたものであるという事は、否定できない。
しかしながら、これらの恐るべき残虐行為を犯したかも知れない人物は、この法廷には現れていない。その中で、生きて捕虜にされた多くは、己の非行に対して、既に自ら命をその代価として支払わされている。かような罪人の、各所の裁判所で裁かれ、断罪されたものの長い表が、いくつか検察側によってわれわれに示されている。かような表が長文にわたっているということ自体が、すべてのかかる暴行の容疑者にたいして、どこにおいてもけっして誤った酌量がなされなかったということについて、十分な保証を与えてくれるものである。しかしながら、現在我々が考慮しているのは、これらの残虐行為の遂行に、なんら明らかに参加を示していない人々に関する事件である。」
(パル判決書(下) 1984年 講談社学術文庫 P590)
「いずれにしても、本官がすでに考察したように、証拠にたいして悪くいう ことのできることがらをすべて考慮に入れても、南京における日本兵の行動は凶暴であり、 かつベイツ博士が証言したように、残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、 合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない。事態に顕著な改善が見えたのは、 ようやく二月六日あるいは七日すぎてからである。
弁護側は、南京において残虐行為が行われたとの事実を否定しなかった。 彼らはたんに誇張されていることを愬(うったえ)ているのであり、かつ退却中の中国兵が、 相当数残虐を犯したことを暗示したのである。」
(パル判決書(下) 1984年 講談社学術文庫 P600の14行目〜P601)
パル判事が松井大将を無罪としたのは、松井大将の責任を問えないとしたのであって、
南京での残虐行為(アトロシティーズ)は、明らかにあったと認定しているのです。
以下、パル判事の少数意見の要旨です。
「これに関し、本件において提出された証拠に対し言い得るすべてのことを念頭において、 宣伝と誇張を出来うる限り斟酌(しんしゃく)しても、 なお残虐行為は日本軍そのものが占領したある地域の一般民衆、はたまた 戦時俘虜に対し犯したものであるという証拠は圧倒的である。
問題は被告に、かかる行為に関し、どの程度まで刑事的責任を負わせるかにある。」
(パル判決書(下) 1984年 講談社学術文庫 P566)
「本官は事件の裏付けとして提出された証拠の性質を、各件ごとに列挙した。この証拠がいかに不満足なものであろうとも、これらの鬼畜行為の多くのものは、実際に行われたものであるという事は、否定できない。
しかしながら、これらの恐るべき残虐行為を犯したかも知れない人物は、この法廷には現れていない。その中で、生きて捕虜にされた多くは、己の非行に対して、既に自ら命をその代価として支払わされている。かような罪人の、各所の裁判所で裁かれ、断罪されたものの長い表が、いくつか検察側によってわれわれに示されている。かような表が長文にわたっているということ自体が、すべてのかかる暴行の容疑者にたいして、どこにおいてもけっして誤った酌量がなされなかったということについて、十分な保証を与えてくれるものである。しかしながら、現在我々が考慮しているのは、これらの残虐行為の遂行に、なんら明らかに参加を示していない人々に関する事件である。」
(パル判決書(下) 1984年 講談社学術文庫 P590)
「いずれにしても、本官がすでに考察したように、証拠にたいして悪くいう ことのできることがらをすべて考慮に入れても、南京における日本兵の行動は凶暴であり、 かつベイツ博士が証言したように、残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、 合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない。事態に顕著な改善が見えたのは、 ようやく二月六日あるいは七日すぎてからである。
弁護側は、南京において残虐行為が行われたとの事実を否定しなかった。 彼らはたんに誇張されていることを愬(うったえ)ているのであり、かつ退却中の中国兵が、 相当数残虐を犯したことを暗示したのである。」
(パル判決書(下) 1984年 講談社学術文庫 P600の14行目〜P601)
これは メッセージ 2704 (oityantyan さん)への返信です.