南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 国民党軍に売られた日本兵

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/02/05 22:31 投稿番号: [27388 / 41162]
○澄田参考人   私は、終戦当時、第一軍司令官として、山西省の太原におりました。日本軍降伏の命令を受けまして、閻錫山の第二戦区に降伏をすることになりました。降伏をすると同時に、私どもの任務といたしましては、当時張家口がソビエト軍のために占領されておりましたために、大同方面の後方連絡線が断たれましたので、この部隊が私の軍の指揮下に入りました。従って、総計軍約六万、これに居留民約三万ぐらい、これらの人数をなるべく多数、できたならば完全に日本内地に帰還せしめるのが、私の任務であると思いまして、できるだけの努力をしました。また私どもといたしましては、特別の事情がない限り、山西側のいろいろ要求、希望があるにもかかわらず、できるだけの人数を完全に復員させるために、あらゆる努力をしたつもりでおります。ただ、私は、十一月になりまして、戦犯の容疑者として、軟禁状態に移されました。自後は、参謀長を当時しておられました山岡君が、私にかわりまして、前述の方針に基いていろいろ苦心指導をされました。その後いろいろのこの問題に関する流言飛語が伝わりますし、当時、本来ならば軍は即刻武装解除しまして、一地に集結して復員時期を待つべき状態なのが自然でありまするが、中共軍の勢力が強く、しかも山西軍が劣弱であるために、軍自体、あるいは居留民の復員のための輸送を確保しなければならぬ、言いかえれば、鉄道を中共軍の妨害から守らなければならぬ、これを守らぬ以上は、全員の復員ができないという立場に立たされまして、また閻側からも希望がありましたので、しばらくの間、日本軍は旧来の配置を収縮をしながら、その配置に基いて警備を担当しておったのであります。それで、そういう状態にあります関係上、中共軍に随所攻撃を受けまして、多少の損害もでき、また将来も起きるという懸念をしておりました。現に軍の参謀を大同に派遣する途中、中共軍の砲撃のために成田中佐が戦死するという状況も起きましたので、この間の説明に部隊に対して十分しなければならぬし、またいろいろの流言飛語に対する軍の指導者としての真の意図を各部隊を伝える必要があるということを痛切に感じまして、山岡君の勧めもあって、閻錫山に特別に願い出て、十二月下旬から一月一ぱいかかりましたと思うのですが、大同地区を初めとして、各部隊の現場を回りまして、なるべく多数の将兵を集めて、なぜ軍が降伏後も武器をとって中共軍に対して警備をしなければならぬのか、また内地帰還は全員するのである、ただ、特別の希望があって、特殊の事情で残る人はこれはあるいはやむを得ぬかもしれないが、それでない限り、軍としてはできるだけの人数を連れて帰らなければならぬし、また帰るべきだということを、各部隊のおもなる駐屯地は残らず回りまして、説明をして歩いたのであります。この出発に当って、私の乗りました列車が爆破を受けまして、私は無事でありましたが、負傷者もできるし、護衛中隊の客車がひっくり返って、負傷者もできるという事態が起きるほど、警備をやる必要が現実にあったのであります。
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