続く1
投稿者: gokutubisi 投稿日時: 2004/08/16 20:06 投稿番号: [2589 / 41162]
弾薬の数と死人の数は侵略国の性質によっては一致しなくても良いのでは無いのでしょうか。
悪意や殺意さえあれば人間は転ばせただけでも簡単に死にますよ、無抵抗の者では特にね。
こんな話を聞いた事が有ります。
或る街の一定区画に長いロープを張って出来るだけ沢山の住居を取り囲む。
その範囲を地引網の様に狭めて行き更にバケツや太鼓などを叩いてロープが開放されている方向へと驚く住民を追い立てて行く。
ひしめき合う大量の人達が集められた場所の先は川の岸辺となっている。
恐怖に脅え切った人々には何度か発砲しただけでその多くは面白い様に自ら飛び込み川はまたたく間に人間で溢れる。
そしてその頭上から岸に近い者に対してだけ機銃掃射を浴びせる。
岸から離れた大半の人達は苦しみもがいて溺死して行く。
何故この様にするかと言えば、弾薬は節約する様に命令されていたから知恵を絞った方法だったのだそうです。
そしてその後の対処も、後に成ってから持って行った弾の数しか殺せないと言う事を言えば良いのです。
しかし軍事訓練されていない人達に銃を向けて殺すのはゲームの様に簡単だから苦労せずに出来る方法なのでしょう。
そしていまどきのゲーセンに群がる若者達よりも更にリアルで刺激的な思いをされていた様ですね。
これなら時間に比例していつかは忘れてくれると言う単純計算の方法自体が間違っている。
忘れる筈は無い、だからその後はいたちの如くいつまで逃げ回っても駄目なのでしょう。
わたしたちが同じ事をされた場合を想像すれば簡単に理解できますよね。
こうなった後の私達はこの事を良く認識しておく必要があるのだと私は感じるのです。
言い換えれば今我々は過去からの行動も、己の特性も、相手の事も、十分には理解出来ていない或いは思考を放棄していると言う事にも成りましょうか。
そこを考える最大の理由は、将来或いはの局面に立った時にも相手の思いがいかなる物であるのかを読み取る事が遅れると自らの取るべき行動も瞬時決めかねると言う所にあるのです。
そして一瞬の切っ先を鈍らせる。
現在の我国の国家間の諸問題に対しての長きに渡る対応も及び腰の一語に尽きるものがあり、昨今に至ってようやく少し動き出したにしても未だに歯痒さを感じるのです。
実は国民自体がそれをさせていない所もあるのでしょうが、それは何故でしょうか。
本来ならば軍を出撃させてでも守るべき国家主権と国民を守り切れて居ないのはそこに原因があるのだとも感じます。
せいぜい民間人同士の永久に結論の出ないヤジ合戦止まりでしょうか。
しかしいずれ我々も覚悟を決めなくては成らない時がやって来るとわたしは感じています。
これらの過去が事実であったと認識するについて、自己催眠など掛けずに考えれば別に驚く事も無いのでしょう。
逆に一切事実と違うのだとするならばこの国の国民が至る所善人で埋め尽くされているとでも証明するのでしょうか。
正気になって周囲を見渡せばすぐ近くにも沢山居るではないですか、自分達だってそうかも知れない。
戦後の長きに渡る芝居に疲れて、ついに化けの皮を剥がした者達がすでに至る所で臆面も無く正体を現して居るでは無いですか。
正に現代にもそう言う凶行を洒落でやりそうな人達はこの国には数限りなく居ますし、過去にはそう言う人達も多数他国の地へ放たれたのでしょう。
詫間やサカキバラ、スパフリ、コンクリ事件、先日の加古川事件、・・・後から後から色とりどりの種類が勢揃いして証明してくれています。
学者からは人間の遺伝子は千年や二千年では容易に変わらないと聞きますから、するとまだまだ居るのでしょうね。
悪意や殺意さえあれば人間は転ばせただけでも簡単に死にますよ、無抵抗の者では特にね。
こんな話を聞いた事が有ります。
或る街の一定区画に長いロープを張って出来るだけ沢山の住居を取り囲む。
その範囲を地引網の様に狭めて行き更にバケツや太鼓などを叩いてロープが開放されている方向へと驚く住民を追い立てて行く。
ひしめき合う大量の人達が集められた場所の先は川の岸辺となっている。
恐怖に脅え切った人々には何度か発砲しただけでその多くは面白い様に自ら飛び込み川はまたたく間に人間で溢れる。
そしてその頭上から岸に近い者に対してだけ機銃掃射を浴びせる。
岸から離れた大半の人達は苦しみもがいて溺死して行く。
何故この様にするかと言えば、弾薬は節約する様に命令されていたから知恵を絞った方法だったのだそうです。
そしてその後の対処も、後に成ってから持って行った弾の数しか殺せないと言う事を言えば良いのです。
しかし軍事訓練されていない人達に銃を向けて殺すのはゲームの様に簡単だから苦労せずに出来る方法なのでしょう。
そしていまどきのゲーセンに群がる若者達よりも更にリアルで刺激的な思いをされていた様ですね。
これなら時間に比例していつかは忘れてくれると言う単純計算の方法自体が間違っている。
忘れる筈は無い、だからその後はいたちの如くいつまで逃げ回っても駄目なのでしょう。
わたしたちが同じ事をされた場合を想像すれば簡単に理解できますよね。
こうなった後の私達はこの事を良く認識しておく必要があるのだと私は感じるのです。
言い換えれば今我々は過去からの行動も、己の特性も、相手の事も、十分には理解出来ていない或いは思考を放棄していると言う事にも成りましょうか。
そこを考える最大の理由は、将来或いはの局面に立った時にも相手の思いがいかなる物であるのかを読み取る事が遅れると自らの取るべき行動も瞬時決めかねると言う所にあるのです。
そして一瞬の切っ先を鈍らせる。
現在の我国の国家間の諸問題に対しての長きに渡る対応も及び腰の一語に尽きるものがあり、昨今に至ってようやく少し動き出したにしても未だに歯痒さを感じるのです。
実は国民自体がそれをさせていない所もあるのでしょうが、それは何故でしょうか。
本来ならば軍を出撃させてでも守るべき国家主権と国民を守り切れて居ないのはそこに原因があるのだとも感じます。
せいぜい民間人同士の永久に結論の出ないヤジ合戦止まりでしょうか。
しかしいずれ我々も覚悟を決めなくては成らない時がやって来るとわたしは感じています。
これらの過去が事実であったと認識するについて、自己催眠など掛けずに考えれば別に驚く事も無いのでしょう。
逆に一切事実と違うのだとするならばこの国の国民が至る所善人で埋め尽くされているとでも証明するのでしょうか。
正気になって周囲を見渡せばすぐ近くにも沢山居るではないですか、自分達だってそうかも知れない。
戦後の長きに渡る芝居に疲れて、ついに化けの皮を剥がした者達がすでに至る所で臆面も無く正体を現して居るでは無いですか。
正に現代にもそう言う凶行を洒落でやりそうな人達はこの国には数限りなく居ますし、過去にはそう言う人達も多数他国の地へ放たれたのでしょう。
詫間やサカキバラ、スパフリ、コンクリ事件、先日の加古川事件、・・・後から後から色とりどりの種類が勢揃いして証明してくれています。
学者からは人間の遺伝子は千年や二千年では容易に変わらないと聞きますから、するとまだまだ居るのでしょうね。
これは メッセージ 2588 (gokutubisi さん)への返信です.