日本人への汚名「南京プロパガンダ」6
投稿者: piece_of_knowledge_g 投稿日時: 2008/09/06 12:04 投稿番号: [25839 / 41162]
こうして、民間人の服装をしたシナの兵隊(所謂、便衣兵)
が多く残りました。
攻撃を仕掛けてくれば、戦わなければ自分が死んでしまいます。
便衣兵は、ハーグ陸戦規約により、捕虜にせず強盗海賊と同じ
扱いで良いと決められています。
捕虜の資格とは、
①
軍服を着ていること
②
武器を見えるように携帯すること
③
集団の場合、リーダーがいること
つまり、強盗にも等しい便衣兵まで虐殺と言われたら、
迷惑千万なのです。
南京市ほどの大都市なら、外国人のための安全地帯が存在します。
しかし、これほどの大虐殺があれば、絶対彼たちが世界に訴えて
いるはずです。
ところが、これを急に持ち出したのは、東京裁判の途中からなのです。
実は東京裁判の資料に、南京の安全地帯に居た
アメリカ米人牧師マギーと
アメリカ人弁護士とのやり取りの証言記録があります。
弁護士
「あなたは、何件の虐殺を見ましたか?」
マギー
「一人です」
弁護士
「それはどんな状況ですか?」
マギー
「安全地区に歩哨が立っていて、そこへシナ人の青年が走ってきた。
歩哨が『止まれ!』と制止したが、かまわず走ってきたので、撃たれた」
この程度の目撃証言しかないのです・・・
30万人も虐殺すれば、もっと多数の人の目撃証言が
あって当然ではないでしょうか?
日本軍が去った後で、逃げていた市民が帰り、
1ヵ月後には25万人になっています。
大虐殺のあった都市に、わざわざ市民が帰るでしょうか。
これは メッセージ 25838 (piece_of_knowledge_g さん)への返信です.
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