南京虐殺は、なぜ起きたのか?(10)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/08/31 12:43 投稿番号: [25702 / 41162]
“宮様”も参加する入城式を成功させるために、
すでに戦闘能力を失った敵に対し、徹底した掃蕩作戦が展開された。
12月13日午前8時30分に第十軍が発した南京城内攻撃作戦命令では、
「各兵団は城内に対し砲撃はもとよりあらゆる手段を尽くし敵を殲滅すべし」
「要すれば城内を焼却し特に敗残兵の欺瞞行為に乗ぜられざるを要す」
と示していた。
仮に、市中に中国の敗残兵が潜んでいたとしても、
非戦闘員である市民の居住区、さらに外国人も残留している城内に対して、
砲撃や焼き払いなどを行なう
というのは、まさに無差別攻撃だ。
さらに、驚くべき命令が出る。
第十六師団の歩兵第三十旅団が12月14日午前4時50分に下達した
城内掃蕩の命令では、「各隊ハ師団ノ指示アル迄捕虜ヲ受付クルヲ許サズ」
すでに城内の各所で掃討作戦が行なわれている時点で、
「敵を捕虜にするな」とは、いったい
何を意味するのか。
13日から14日にかけての城内掃蕩によって、
どれだけの中国兵もしくは敗残兵と見なされた中国人が殺されたのか
今となっては
明確ではないが、中山路以南の掃蕩を担当した
第九師団だけに限っても、「7千余ノ敗残兵ヲ殲滅セリ」
(「南京戦史資料集」第九師団作戦経過概要)と記録していることから、
他の師団を合わせれば、何万人もの無抵抗の中国人が、
短期間に殺されたことが判る。
日本軍の市内掃蕩で
多くの中国人が殺されたが、
その一部は
国際委員会が管理する難民区に逃げ込んだ。
これについて
国際委員会のラーベ委員長(ドイツ人)は、
彼らを武装解除して収容しているから
その生命を助けてくれ、
という要請書を日本軍に提出した。
(笠原十九司「南京難民区の百日」、岩波書店)
これを受けて中支那方面軍は、難民区には入らないように指示した。
しかし、この指示は
まったく守られなかった。
入城直後から日本兵が難民区に侵入し、掠奪や強姦を繰り返した。
このことについては、おびただしい数の外国人の証言があるし、
さらに
第九師団歩兵第七聯隊の戦闘詳報や従軍者の日記にも
日本軍が難民地区にまで侵入し、徹底的に敗残兵の捕捉殲滅作戦が
行なわれていたことが
記録されている。
これは メッセージ 25701 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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