南京虐殺は、なぜ起きたのか?(9)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/08/31 12:28 投稿番号: [25701 / 41162]
歩兵第六十六聯隊第一大隊の戦闘詳報の13日の記事には、
さらに
次の記述がある。
右命令ニ基キ兵器ハ第一第四中隊ニ命ジ整理集積セシメ監視兵ヲ附ス
午後三時三十分各中隊長ヲ集メ捕虜ノ処分ニ附意見ヲナシタル結果、
各中隊ニ等分ニ分配シ監禁室ヨリ五十名宛連レ出シ、
第一中隊ハ路営地南方谷地
第三中隊ハ路営地西南方凹地
第四中隊ハ露営地東南谷地ニ於テ
刺殺セシムルコトトセリ
但シ監禁地ノ周囲ハ厳重ニ警戒兵ヲ配置シ連レ出ス際
絶対ニ察知サレザル如ク注意ス
各隊共ニ午後五時準備終リ刺殺ヲ開始シ概ネ午後七時三十分
刺殺ヲ終リ
聯隊ニ報告ス
第一中隊ハ当初ノ予定ヲ変更シテ一気ニ監禁シ焼カントシテ失敗セリ
捕虜ハ観念シ恐レズ軍刀ノ前ニ首ヲ差シ伸ブルモノ、銃剣ノ前ニ
乗リ出シ従容トシ居ルモノアリタルモ、中ニハ泣キ喚キ
救助ヲ嘆願セルモノアリ
特ニ隊長巡視ノ際ハ各所ニ其ノ声起レリ
武装を解除して収容された捕虜を、裁判にもかけずに全員殺害するとは、
あきらかに陸戦条約違反であり
人道に反する残虐行為にほかならない。
一つの部隊だけでも、上記のような数日にもわたる
組織的な大量殺害が
実行されたのだから、日本軍全体での捕虜殺害は、一体
どれ程だったのか
想像を絶する膨大な犠牲者数であったことは
間違い。
南京大虐殺として
事件が国際的に知られるようになったのは、
難民区を含む市内での「敗残兵の掃蕩」「便衣兵の剔出」による
集団処刑が
外国人の眼にふれたことによってだった。
中国軍の南京防衛軍司令官唐生智恵は、12月12日夕刻
「各隊各個に包囲を突破せよ」と命令し、揚子江を渡って脱出した。
このため中国軍は一挙に崩壊し、脱出するもの、投降するもの、武器を捨て
軍服を脱いで便衣(中国人の平服)に着替えて市内に潜伏するものなど、
完全に四散して
軍隊としての戦闘能力は消滅していた。
これに対し
日本軍は、市内の「中国軍」の徹底的な「殲滅」を命令し、
14日以降も市内の掃蕩を行なった。
この掃蕩は、皇族の朝香宮も参加する17日の「入城式」以前に、
市内に潜む「中国兵」狩りを目的としたものだった。
これは メッセージ 25700 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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