Re: 「南京物語」
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/03/31 09:49 投稿番号: [22759 / 41162]
朝になったので続きだ。
当時の南京が戦闘中だったか否かははっきりしている。たとえ弾が飛び交わなくとも戦闘中だったのだ。なぜなら、安全区に多くの敗残兵が残されており、彼らは日本軍に投降することなく民間人の中に潜んでいた。
およそ、対戦相手の明確な休戦の意志がない限り、どのように平穏であろうと戦闘中であることに変わりはない。したがって、自ら名乗りでもしない敗残兵が便衣兵であったことは疑いの余地がない。
なぜ、かくも多くの敗残兵が安全区に一般民衆の中に潜んでいたか。
徹底抗戦を部下に命じておきながら南京守備隊の司令官唐生智が真っ先に逃亡し、追撃を受けないように南京城門を閉ざしてしまった。退却することは一切部下には知らせず、自分だけが逃亡したため、閉ざされた城門の内側に5万もの国民党兵士が残されたのが真相だ。
安全区に多くの国民党軍兵士が残っていることはこの時点で日本軍は知っていたが、名乗り出てこない以上便衣兵の探索を行うのは当然であり、しかも銃声は止んでいてもこの状態では戦闘状態であることに違いはない。したがって、45年9月半ばまで戦闘状態は一度も止んではいない。
とうぜん、戦時体制の戦闘中の対処法を採ることになる。
ところで、真っ先に部下を置き去りにして逃亡した唐生智は、後に共産党から送り込まれたスパイであったことが判明している。彼は中華人民共和国成立の後、中央政治委員会委員、軍事委員会委員などの地位に就いている。
つまり、唐生智は故意に国民党兵士を置き去りにし、日本軍にぶつけたということだ。そのような敗残兵が名乗り出ても来ないのであればれっきとした便衣兵であり、しかも戦闘中の処置をすることになんの不思議もない。
これは メッセージ 22758 (tokagenoheso さん)への返信です.
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