シナの常識、敵は基本的に皆殺し
投稿者: tututontutu_tutonton 投稿日時: 2008/02/16 00:30 投稿番号: [22383 / 41162]
>ほかの民族でも、対立教徒同士や異国同士では殺戮を行っても同族同士での争いでは殺戮はシナ人ほど過激化しない。
何がここまでシナ人を異常なまでの残虐な種族にしたのだろうか?
まず第一に、中国の城は日本の城と違い、町を囲った城塞都市であったこと、これを攻略するときは完全包囲状態で攻略されるため逃亡ができないという点にあるだろう。
第二に、孔子が広めた忠節や礼節とともにある「大儀思想」すなわち「いったん臣下として君主に仕えたものは、君主の大儀の前に自己を省みてはいけない」という考えがあると思う。
結果、王朝の後退期などには宮廷に仕える官僚や一般人、軍隊の兵士まで最後まで新王朝に抵抗を続けるし又新王朝側も大儀思想により無抵抗でも徹底的に殺戮してしまう。
当然、完全包囲された城内では一般市民も殺戮の対象になってきた。
通州大虐殺もシナ人の感覚ではごく当たり前の行為でしかないのだ。
だからシナでは王朝交代時、前王朝の遺物はほとんど残らない。
日本で城攻めの際近隣の一般人を皆殺しにしたような話は皆無といっていい。
落城の時には城主が部下の助命を求め自刃したりする、日本人的にはこれが普通なのだがシナではこのような話はほとんどない。
黄泉君が「信長の頭蓋骨の杯」の話を出していたが、第六天魔王などといわれた信長でもこの程度、肉食人種の過激さはサッカーの起源を調べればわかるでしょう。
長平の戦いが行なわれた(現山西省高平県の近く)では今でも土中から人骨が出土し子供たちそれで遊んでいる。
残虐性でも信長ごときとは桁違いなことを行なう。
漢の始祖劉邦の妻「呂后」劉邦の功臣である韓信等を謀殺、夫の死後夫の寵愛した女性を捕らえ監禁、手足を切断、目をえぐり、耳は焼ききり、毒薬で喉をつぶし、その後は人間の糞を食べさせていたブタと共に死ぬまで飼育し「人ブタ」と呼んでさげすんでいた。
ついでにだが異民族間での虐殺の例
ジンギスカンによる中央アジアの大殺戮
ロシア帝国の異民族虐殺
ハプスブルク帝国のマジャール人やスラブ人に対する虐殺
フランス王妃カトリーヌのサン・バルテルミの虐殺
英国クロムウェルのアイルランド人大殺戮
スペインによるインカ抹殺
アメリカのインデアン虐殺
近年では・・・。
スターリンの大粛清やカティンの森事件
ヒトラーのユダヤ虐殺
中国の文化革命、天安門事件
ポル・ポトの200万人の殺害
アフリカのフツ族とツチ族の対立。
まあ何処かのアホウは南京事件を入れたがるだろうが捏造なので書きません。(笑)
謀反の疑いがかかった菅原道真が大宰府に送られた事や徳川家が今でも残っている(山本権兵衛内閣解散時には16代目家達に内閣を作るよう天皇から密命が来たが断っている。)シナでは考えられないことです。
古くから雅楽等の伝統的な芸能が日本では残っているが、シナ民族では王朝交代時に芸能技能者も皆殺しにあうか隠棲することにない全然後に残らない。
むしろシナ人に支配されてる少数民族の方が沢山あるのではないだろうか?(大笑)
日本でも大規模な墳墓は作られたが始皇帝の地下の陵墓には及びもつかない、この大工事には70万の人々が借り出され、多くの財宝を運び込み、侵入者に対する罠を仕掛け、従事した70万を口封じに閉じ込めて殺してしまっている。
又、始皇帝の宮殿では1万人が座れたと言う阿房宮が有名だがそれ以外にも300ほどあり項羽がこれらを破壊し焼いたときには火煙が3ヶ月間消えなかったという。三宅島の噴火もかわいく感じてしまうかも。(笑)
何がここまでシナ人を異常なまでの残虐な種族にしたのだろうか?
まず第一に、中国の城は日本の城と違い、町を囲った城塞都市であったこと、これを攻略するときは完全包囲状態で攻略されるため逃亡ができないという点にあるだろう。
第二に、孔子が広めた忠節や礼節とともにある「大儀思想」すなわち「いったん臣下として君主に仕えたものは、君主の大儀の前に自己を省みてはいけない」という考えがあると思う。
結果、王朝の後退期などには宮廷に仕える官僚や一般人、軍隊の兵士まで最後まで新王朝に抵抗を続けるし又新王朝側も大儀思想により無抵抗でも徹底的に殺戮してしまう。
当然、完全包囲された城内では一般市民も殺戮の対象になってきた。
通州大虐殺もシナ人の感覚ではごく当たり前の行為でしかないのだ。
だからシナでは王朝交代時、前王朝の遺物はほとんど残らない。
日本で城攻めの際近隣の一般人を皆殺しにしたような話は皆無といっていい。
落城の時には城主が部下の助命を求め自刃したりする、日本人的にはこれが普通なのだがシナではこのような話はほとんどない。
黄泉君が「信長の頭蓋骨の杯」の話を出していたが、第六天魔王などといわれた信長でもこの程度、肉食人種の過激さはサッカーの起源を調べればわかるでしょう。
長平の戦いが行なわれた(現山西省高平県の近く)では今でも土中から人骨が出土し子供たちそれで遊んでいる。
残虐性でも信長ごときとは桁違いなことを行なう。
漢の始祖劉邦の妻「呂后」劉邦の功臣である韓信等を謀殺、夫の死後夫の寵愛した女性を捕らえ監禁、手足を切断、目をえぐり、耳は焼ききり、毒薬で喉をつぶし、その後は人間の糞を食べさせていたブタと共に死ぬまで飼育し「人ブタ」と呼んでさげすんでいた。
ついでにだが異民族間での虐殺の例
ジンギスカンによる中央アジアの大殺戮
ロシア帝国の異民族虐殺
ハプスブルク帝国のマジャール人やスラブ人に対する虐殺
フランス王妃カトリーヌのサン・バルテルミの虐殺
英国クロムウェルのアイルランド人大殺戮
スペインによるインカ抹殺
アメリカのインデアン虐殺
近年では・・・。
スターリンの大粛清やカティンの森事件
ヒトラーのユダヤ虐殺
中国の文化革命、天安門事件
ポル・ポトの200万人の殺害
アフリカのフツ族とツチ族の対立。
まあ何処かのアホウは南京事件を入れたがるだろうが捏造なので書きません。(笑)
謀反の疑いがかかった菅原道真が大宰府に送られた事や徳川家が今でも残っている(山本権兵衛内閣解散時には16代目家達に内閣を作るよう天皇から密命が来たが断っている。)シナでは考えられないことです。
古くから雅楽等の伝統的な芸能が日本では残っているが、シナ民族では王朝交代時に芸能技能者も皆殺しにあうか隠棲することにない全然後に残らない。
むしろシナ人に支配されてる少数民族の方が沢山あるのではないだろうか?(大笑)
日本でも大規模な墳墓は作られたが始皇帝の地下の陵墓には及びもつかない、この大工事には70万の人々が借り出され、多くの財宝を運び込み、侵入者に対する罠を仕掛け、従事した70万を口封じに閉じ込めて殺してしまっている。
又、始皇帝の宮殿では1万人が座れたと言う阿房宮が有名だがそれ以外にも300ほどあり項羽がこれらを破壊し焼いたときには火煙が3ヶ月間消えなかったという。三宅島の噴火もかわいく感じてしまうかも。(笑)
これは メッセージ 22380 (tututontutu_tutonton さん)への返信です.