資料等級
投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/16 12:43 投稿番号: [1991 / 41162]
(ゆう)
「リライト」したのは、ラーベ本人。編集者は、そこから「抜粋」しただけの話。そんなことを言ったら、「南京戦史資料集」も「ドイツ外交官が見た南京事件」も、編集者が「抜粋」したものだから、「第三次資料」ということになるぞ。
そうそう、東中野氏の新刊、「1937南京攻略戦の真実」はどうだい? 東中野氏は、「転戦実話」のあちこちから手記を拾い集めて、順番を替えてご自分のアホなコメントを挟んで、「編集」した。altoids391君の見解だと、これは「第三次資料」で、信頼性の薄いもの、ということになるらしいね。東中野氏、怒るぞ(笑)。
(altoids391君)
事実は仕方無い(笑)
(altoids391君)
小林よしのり氏を引き合いに出してもらって悪いんだが、当の小林よしのり氏本人は戦争論2の中で「ラーベの日記は第三次資料である」と論じていたな。
おっと、小林氏を引き合いに出したのは、私のミスだったようだ。これは認める。
しかし、小林氏が「ラーベ日記」を「第三次資料」と認定しているのは、おかしい。
>ラーベは克明に日記に記し、大使館への手紙、新聞記事、手紙、写真などを挿入した。その結果、これは二千五百ページにものぼる膨大なものとなった。
>帰国後、ラーベは日記を清書し、資料とあわせて八百ページからなる二巻本にまとめ、「南京爆撃」と名づけた。本書はこの「南京爆撃」から、最も重要と思われる部分を抜粋したものである。
(「南京の真実」P19)
ラーベ自身が清書したわけだから、「南京爆撃」段階では控えめに見ても「二次資料」。編集者が文章そのものに手を加えたのであれば「三次資料」ということになろうが、単なる「抜粋」なのだから、「二次資料」よりも等級が下がることはありえない。
「抜粋」によって等級が下がるのであれば、「南京戦史資料集」など、結構事件前後の部分のみの「抜粋」をやっているから、これも「三次資料」ということになる(なかには、「戦友会」の人があらかじめ一部を「削除」するようなこともあったらしい)。もちろん、東中野氏の新著も「三次資料」だ。・・・なアホな。
私には、小林氏は、単に「ラーベ日記」の価値を貶めたいためがだけに、「三次資料」よばわりをしているように思える。
(もし東中野氏が同じようなことを言っているとするならば、東中野氏自ら自分の新刊を「第三次資料」に落としてしまった、ということになる。これは調べてみる価値がありそうだ(^^))
いずれにしても、歴史学者でも何でもない、おそらくどこかから「孫引き」しただけの小林氏の「分類法」などを取り上げたのは、私のミスだった。私は、歴史学者がどのような「分類」を行っているのか、知識がない。そのうち機会を見て、調べてみることにしよう。
どちらにせよ、altoids391君が、まともな歴史学者ではなく、小林本を当てにして「第三次資料」と言ってしまったのであれば、これはちょっと大胆だと思うよ。altoids391君の「根拠」も、どうやら小林本の域を出ないようだし。
>まあ、私は歴史家がaltoids391君のような意味で「第三次資料」の言葉を使うのを聞いたことはないが、もしあるのならば教えてくれや。「ボケ老人」とまで言ったんだから、責任はとれるね?(^^)
なんて「ないものねだり」はもうやめるから、お互い、ちょっと調べてみる、ということでどうだ? 何かわかったら教えてくれ。私のHPのネタになるかもしれないし(^^)。
さて、話がずれてしまったが、もともとのテーマは、「ラーベが「5万人が廃墟からきた」と認識していたことが、正しいかどうか」だったね。私は、こんなところにウソはないだろうし(認識が正しいかどうか別問題)、実際、ここでラーベがウソの認識を書いたと主張する者は誰もいない、と書いた。これはこれでよかったのかな?
(話が前の繰り返しになるのであれば、返信しないでもいいよ)
「リライト」したのは、ラーベ本人。編集者は、そこから「抜粋」しただけの話。そんなことを言ったら、「南京戦史資料集」も「ドイツ外交官が見た南京事件」も、編集者が「抜粋」したものだから、「第三次資料」ということになるぞ。
そうそう、東中野氏の新刊、「1937南京攻略戦の真実」はどうだい? 東中野氏は、「転戦実話」のあちこちから手記を拾い集めて、順番を替えてご自分のアホなコメントを挟んで、「編集」した。altoids391君の見解だと、これは「第三次資料」で、信頼性の薄いもの、ということになるらしいね。東中野氏、怒るぞ(笑)。
(altoids391君)
事実は仕方無い(笑)
(altoids391君)
小林よしのり氏を引き合いに出してもらって悪いんだが、当の小林よしのり氏本人は戦争論2の中で「ラーベの日記は第三次資料である」と論じていたな。
おっと、小林氏を引き合いに出したのは、私のミスだったようだ。これは認める。
しかし、小林氏が「ラーベ日記」を「第三次資料」と認定しているのは、おかしい。
>ラーベは克明に日記に記し、大使館への手紙、新聞記事、手紙、写真などを挿入した。その結果、これは二千五百ページにものぼる膨大なものとなった。
>帰国後、ラーベは日記を清書し、資料とあわせて八百ページからなる二巻本にまとめ、「南京爆撃」と名づけた。本書はこの「南京爆撃」から、最も重要と思われる部分を抜粋したものである。
(「南京の真実」P19)
ラーベ自身が清書したわけだから、「南京爆撃」段階では控えめに見ても「二次資料」。編集者が文章そのものに手を加えたのであれば「三次資料」ということになろうが、単なる「抜粋」なのだから、「二次資料」よりも等級が下がることはありえない。
「抜粋」によって等級が下がるのであれば、「南京戦史資料集」など、結構事件前後の部分のみの「抜粋」をやっているから、これも「三次資料」ということになる(なかには、「戦友会」の人があらかじめ一部を「削除」するようなこともあったらしい)。もちろん、東中野氏の新著も「三次資料」だ。・・・なアホな。
私には、小林氏は、単に「ラーベ日記」の価値を貶めたいためがだけに、「三次資料」よばわりをしているように思える。
(もし東中野氏が同じようなことを言っているとするならば、東中野氏自ら自分の新刊を「第三次資料」に落としてしまった、ということになる。これは調べてみる価値がありそうだ(^^))
いずれにしても、歴史学者でも何でもない、おそらくどこかから「孫引き」しただけの小林氏の「分類法」などを取り上げたのは、私のミスだった。私は、歴史学者がどのような「分類」を行っているのか、知識がない。そのうち機会を見て、調べてみることにしよう。
どちらにせよ、altoids391君が、まともな歴史学者ではなく、小林本を当てにして「第三次資料」と言ってしまったのであれば、これはちょっと大胆だと思うよ。altoids391君の「根拠」も、どうやら小林本の域を出ないようだし。
>まあ、私は歴史家がaltoids391君のような意味で「第三次資料」の言葉を使うのを聞いたことはないが、もしあるのならば教えてくれや。「ボケ老人」とまで言ったんだから、責任はとれるね?(^^)
なんて「ないものねだり」はもうやめるから、お互い、ちょっと調べてみる、ということでどうだ? 何かわかったら教えてくれ。私のHPのネタになるかもしれないし(^^)。
さて、話がずれてしまったが、もともとのテーマは、「ラーベが「5万人が廃墟からきた」と認識していたことが、正しいかどうか」だったね。私は、こんなところにウソはないだろうし(認識が正しいかどうか別問題)、実際、ここでラーベがウソの認識を書いたと主張する者は誰もいない、と書いた。これはこれでよかったのかな?
(話が前の繰り返しになるのであれば、返信しないでもいいよ)
これは メッセージ 1988 (altoids391 さん)への返信です.