南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: ペテン学者藤岡某の素顔

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/26 01:01 投稿番号: [19540 / 41162]
>第十六師団の中島中尉は日記の中で次のように書いてます。
>「大体捕虜はせぬ方針なれば片っ端よりこれを片付くる事」
>これは、有名な言葉で、中国人捕虜は全て殺せという意味です。


――――――
(3)本当に処刑されたのか?
中島日記に関して(その一)
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page028.html
(抜粋)
以上のように中島日記に記載された仙鶴門付近で確保した約7千人の捕虜は、殺害されずに南京に収容されたと考えられます。複数の史料による裏づけがあるということです。


(4)捕虜ハセヌ方針(東中野説)
中島日記に関して(そのニ)
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page029.html
(抜粋)
従って、「捕虜ハセヌ方針」とは「投降兵は武装解除後に追放して捕虜にはしない方針」という意味になる。


(5)捕虜ハセヌ方針(南京戦史)
中島日記に関して(その三)
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page030.html
(抜粋)
  以上のように状況を含めて考察すると「捕虜を受け入れるな」という命令の意図が見えてくるのではないでしょうか。常に捕虜を受け入れるな、投降を認めるな、という意味合いではなく、ある限定された状況下においては「勝手に戦闘を停止して投降兵を収容するな、なぜならば軍全体が危機に陥る可能性があるからだ」という内容であることが推察されるわけです。

  以上を踏まえて私が個人的に中島日記を意訳するとこうなります。
「軍の方針は、捕虜とは呼ぶな、尋問が終わったら適時解放せよというものだが、一万人もの敵兵が投降してくるとは誰も想定していなかったではないか。武装解除もままならないのでこのままでは釈放もできないし、収容といっても場所、食料の問題もあり大変だ。取り敢えず部隊を増派して野外で監視しているが、このまま延々置いておくわけにもいかない。7千人となると処刑も大変だ。大きな壕があればまとめて放り込んで処刑できるかも知れないが平地だとそうもいかない。数十人単位に小分けして処刑したほうがよいか。どうしたものか」
  という感じになると思います。

  中島中将個人としては処刑の方向で考えていたようですが、その後戦場が一段落し捕虜の収容が可能と判断されたので、仙鶴門付近の捕虜約7000人は南京城内に護送され収容されたと考えられます。中島中将が捕虜を使役している状況を見て叱責したのは「銃器の管理が杜撰であり危険だ」という意味での叱責であり、捕虜を使役した行為についてはむしろ賞賛していることからも、ことごとく全ての捕虜を殺害する方針ではなかったと考えられます。
――――――



>戦意を喪失して軍服を脱いで逃げるのは、何も中国兵だけではありません。


戦意を喪失したら、軍服を着たまま逃げるか、軍服を着たまま投降すれば良い。
軍服を脱いだら殺されるのは当たり前。
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