南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 志々目証言と称するものに対する考察

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2007/06/25 01:36 投稿番号: [19492 / 41162]
  そして敗戦。変り身のはやくない私は、二・一ストのあとまで、依然として軍国主義者だった。
そのころ極東裁判が開かれた。マスコミと世論が旧軍隊の、ことに戦争遂行の骨幹であった正規将校の腐敗をあばく度にくやしがっていた私だったが、南京虐殺事件の報道はすなおに受けいれることができた。N少尉の話の全体像がつかめてきたように思い、自身もにない手であった日本帝国主義の対外的な責任を考えるようになったのは、この頃からであった。
  しばらくすると地方新聞で、N少尉らは南京で戦犯として銃殺されたという記事が報ぜられた。ああ、そうだろうな、当り前だな。これで一つ決着がついたなと思い、それ以上は考えなかった。
                 *
  その後『中国の赤い星』『偉大なる道』『中国の歌声』などを読む度に、自分の知っていた日本軍隊とその戦争を考えた。そしてN少尉の話が改めて思い起こされ、そのことはまだ国民的に決着がついていないことが分ってきた。
  これは私にとって壮絶な“反面教師”であった。おかげで一九六六年から二、三年にわたって吹きあれた反中 国暴風の中で、「なぜと疑ってみる」姿勢を堅持することができた。その頃、旧帝国主義の人民としての戦争責任を論じてみて、若い活動家に「言わんとするところは分るが、階級性がない」といわれたことがある。しかしながら、N少尉を知っている私には、平等互恵だからと何ごとも
なかったように考えることはできない。日本人にとっての階級性は、塹壕で斬られた兵士の心になってみることから、追求しなおさなければならないであろうから。
  また『丸』誌によると、N少尉は、鈴木二郎・浅海一男両毎日新聞特派員に対して「逃げるものは斬らない」といっているが、本人が私たちにあけすけに話したことの方が、真実に近いのかもしれない。
  鈴木氏によれば、極東裁判市ヶ谷法廷での追及は、途中で打切りになっている。これには、鈴木記者らが「立ち向かってくる敵だけを斬った日本の武士道精神で……虐殺ではない」と証言したのが役立っているらしい。しかし国府の法廷では、当然のことながら、虐殺と判定して処刑したということなのだろう。
  (注)前記『丸』誌によれば、これは野田巌少尉となっている。私たちの前に来た時、少尉だったかどうかは正確ではないが、以下N少尉とする。

    志々目彰「日中戦争の追憶“百人斬り競争”(『中国』昭和46年12月号)


さて全文を改めて読むと違和感を感じないか。
投稿先・内容に非常な違和感を感じる。
だがその部分は個人の取りようもあるし述べずにおく。

それを抜きにしてもこの証言は穴だらけと判断せざるを得ない。
次に証言内容の穴を指摘してみる。
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