Re: 中国人を救った日本軍 <2
投稿者: sada5ro 投稿日時: 2007/05/27 01:23 投稿番号: [18576 / 41162]
◆
近代中国の農民の貧困を救った日本軍(2)
・日本人は、事変勃発前から中国の農民の窮状に関心を持っていた
1937年(昭和12年)1月の衆議院では、社会大衆党書記長麻生久が、「北支経済工作に関しては農民大衆の福祉を招来する如き方策を講ずることが、この目的達成のため緊要である」と強調
近衛文麿首相も「今後は支那民衆の心を把握することでなければ東洋平和の確立、しいては日支両国の提携はできない。支那は農業国であるから支那農民と結び、農業の発展に我国が手伝うことはきわめて必要だ」と答えた
日本では、貴族宰相も無産階級の指導者も、農民対策が中国占領政策の鍵であると認識していた
・また日本は中国農村経済の近代化のため並々ならぬ心血を注いだ
その一つに「合作社運動」がある
合作社は日本の農協と産業組合を併せたような機能を持っていた
村落間の抗争の仲裁から、教育、技術指導、文化活動、公共事業への寄付をも含め、無秩序な農村を経済的に組織化することを図った
当時の中国の農民は合作社の意味を解するほど教育レベルが高くなく、さしたる効果が得られないまま終戦を迎えた
もしこれがその後も継続されたなら、台湾、朝鮮、そして満州同様、農民の文化レベルは向上し、食糧問題の解決にも大きく貢献したはずである
このように、(日本が侵略し奪ったというが)奪われるものはなにもなかった中国の農民を、日本は根底から支え、救出した
◆ 日本軍は150年続いた中国の内戦を終結させた
もう一つの大きな貢献は、・・・(省略)
(最後の部分だけ)
支那事変・日中戦争は、国民党の討伐を避けるために、日本軍を戦争に引き込んだ共産党の謀略の成功
しかし,日本軍が引揚げると、たちまち国共内戦は再燃した
◆ 物価の安定、インフラ建設で中国社会を再建復興させた日本
・日本が東アジア、つまり東亜の新秩序を再建した
19世紀から20世紀にかけての東アジアは殺し合いの世界
難民の噴出や飢饉と、あらゆる秩序が崩壊し、人びとは不幸のどん底
当時の中国というのは、どこへ行っても匪賊だらけ、強盗だらけの社会
その匪賊だらけの社会とともに内戦が激化していった
これが日中戦争が始まり(日本軍が進出す)ると一転
秩序を乱したのは中国のゲリラ
各地には治安維持政府が作られて治安が回復し、物価も安定してきた
150年間にわたる中国の秩序崩壊、あるいは東アジアの秩序崩壊から新たな秩序を構築して物価の安定を実現した
実際、日本軍あるいは南京政府が支配している地域では物価が安定して財政もうまくいっていた
一方、蒋介石の重慶政府と延安政府は搾取、それこそ搾りとるような強烈な搾取で、不安定だった
インフラ建設を着々と進めたのは南京政府のほうだった
これは物価を見れば非常にわかりやすい
当時のお米1石は、終戦当時「汪精衛政権時代」で110〜130元だった
が、蒋介石政権が入ってくるとわずか8ヵ月足らずで5万元に跳ね上がる
このようなインフレで経済状態が安定するはずもない
一方、日本は8年間戦争をしたとされながらも、実際に戦闘があったのは、1年四ヵ月ていど
その後も、確かにゲリラなどの小競り合いはあったものの、物価は安定を見ている
しかし、日本軍が去って政府が変わると、とたんに再びインフレと秩序の崩壊が始まる
この歴史的事実、真実を見なければならない
日中戦争の8年間、日本は戦争状態にありながらも、河北だけでも1000キロ近い鉄道を作った
中国の建設や開発は鉄道の敷設が絶対条件で、「鉄道は実業の母」との認識は広く持たれていた
が、中華民国建国後の軍閥内戦、国民党内戦で鉄道は各勢力に接収され、軍事上の輸送機関として濫用されただけでなく、軍閥に売上げを押さえられて軍費捻出の財源とされ、建設どころか荒廃の一途をたどっていった
・ロドニー・ギルバートの『中国の誤りとは何か』によると、
「軍閥が介入したことにより、鉄道は財政的にも物質的にも惨めな状態に陥った
車両や機械の損失は計り知れず
歳入は軍閥に略奪され
借款の支払いや鉄道の改良は論外となった
鉄道を維持運営する資金も底をつき、路盤は悪化した
鋼鉄製の特急が通る主要幹線に沿って歩いていると、腐った枕木からレールの犬釘が指で引き抜けるほどになっていた」
(つづく)
・日本人は、事変勃発前から中国の農民の窮状に関心を持っていた
1937年(昭和12年)1月の衆議院では、社会大衆党書記長麻生久が、「北支経済工作に関しては農民大衆の福祉を招来する如き方策を講ずることが、この目的達成のため緊要である」と強調
近衛文麿首相も「今後は支那民衆の心を把握することでなければ東洋平和の確立、しいては日支両国の提携はできない。支那は農業国であるから支那農民と結び、農業の発展に我国が手伝うことはきわめて必要だ」と答えた
日本では、貴族宰相も無産階級の指導者も、農民対策が中国占領政策の鍵であると認識していた
・また日本は中国農村経済の近代化のため並々ならぬ心血を注いだ
その一つに「合作社運動」がある
合作社は日本の農協と産業組合を併せたような機能を持っていた
村落間の抗争の仲裁から、教育、技術指導、文化活動、公共事業への寄付をも含め、無秩序な農村を経済的に組織化することを図った
当時の中国の農民は合作社の意味を解するほど教育レベルが高くなく、さしたる効果が得られないまま終戦を迎えた
もしこれがその後も継続されたなら、台湾、朝鮮、そして満州同様、農民の文化レベルは向上し、食糧問題の解決にも大きく貢献したはずである
このように、(日本が侵略し奪ったというが)奪われるものはなにもなかった中国の農民を、日本は根底から支え、救出した
◆ 日本軍は150年続いた中国の内戦を終結させた
もう一つの大きな貢献は、・・・(省略)
(最後の部分だけ)
支那事変・日中戦争は、国民党の討伐を避けるために、日本軍を戦争に引き込んだ共産党の謀略の成功
しかし,日本軍が引揚げると、たちまち国共内戦は再燃した
◆ 物価の安定、インフラ建設で中国社会を再建復興させた日本
・日本が東アジア、つまり東亜の新秩序を再建した
19世紀から20世紀にかけての東アジアは殺し合いの世界
難民の噴出や飢饉と、あらゆる秩序が崩壊し、人びとは不幸のどん底
当時の中国というのは、どこへ行っても匪賊だらけ、強盗だらけの社会
その匪賊だらけの社会とともに内戦が激化していった
これが日中戦争が始まり(日本軍が進出す)ると一転
秩序を乱したのは中国のゲリラ
各地には治安維持政府が作られて治安が回復し、物価も安定してきた
150年間にわたる中国の秩序崩壊、あるいは東アジアの秩序崩壊から新たな秩序を構築して物価の安定を実現した
実際、日本軍あるいは南京政府が支配している地域では物価が安定して財政もうまくいっていた
一方、蒋介石の重慶政府と延安政府は搾取、それこそ搾りとるような強烈な搾取で、不安定だった
インフラ建設を着々と進めたのは南京政府のほうだった
これは物価を見れば非常にわかりやすい
当時のお米1石は、終戦当時「汪精衛政権時代」で110〜130元だった
が、蒋介石政権が入ってくるとわずか8ヵ月足らずで5万元に跳ね上がる
このようなインフレで経済状態が安定するはずもない
一方、日本は8年間戦争をしたとされながらも、実際に戦闘があったのは、1年四ヵ月ていど
その後も、確かにゲリラなどの小競り合いはあったものの、物価は安定を見ている
しかし、日本軍が去って政府が変わると、とたんに再びインフレと秩序の崩壊が始まる
この歴史的事実、真実を見なければならない
日中戦争の8年間、日本は戦争状態にありながらも、河北だけでも1000キロ近い鉄道を作った
中国の建設や開発は鉄道の敷設が絶対条件で、「鉄道は実業の母」との認識は広く持たれていた
が、中華民国建国後の軍閥内戦、国民党内戦で鉄道は各勢力に接収され、軍事上の輸送機関として濫用されただけでなく、軍閥に売上げを押さえられて軍費捻出の財源とされ、建設どころか荒廃の一途をたどっていった
・ロドニー・ギルバートの『中国の誤りとは何か』によると、
「軍閥が介入したことにより、鉄道は財政的にも物質的にも惨めな状態に陥った
車両や機械の損失は計り知れず
歳入は軍閥に略奪され
借款の支払いや鉄道の改良は論外となった
鉄道を維持運営する資金も底をつき、路盤は悪化した
鋼鉄製の特急が通る主要幹線に沿って歩いていると、腐った枕木からレールの犬釘が指で引き抜けるほどになっていた」
(つづく)
これは メッセージ 18573 (anti_mainas_shikou さん)への返信です.