句読点の処理そのほか
投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/01 18:22 投稿番号: [18267 / 41162]
nmwgipさんへ
http://1st.geocities.jp/nmwgip/okamura/okamura.html#Tでも言及されていた稲葉正夫氏が『岡村寧次大将資料(上)
戦場回想編』に「独断もって摘録付記」した「陣中感想録」の句読点を原資料と照らし合わせると、まさに『現代歴史学と南京事件』が行なったのと同じ処理をしていることがわかります。例えば『岡村寧次大将資料(上)』において
>(…)此間統御の骨に就て多少会得したる所ありと信ず。部下が酔余の直言、(…)
とされている部分は、原資料では
>(…)此間統御の骨に就て多少会得したる所ありと信す。部下が酔余の直言、(…)
となっており、読点を句点に改めているほか仮名遣いも改めています。にもかかわらず、その旨の注記はありません。『岡村寧次大将資料(上)』編纂当時の慣用にならった句読点の用法に改めただけで文意は変わっていないからこそいちいち但し書きをつけなかったのだと思われますが、「文意は変わっていない」ということでいえば『現代歴史学と南京事件』の場合も同様です。とすれば、『現代歴史学と南京事件』と『岡村寧次大将資料(上)』の双方を非難するか、あるいは双方をよしとするかのいずれかでなければならないはずです。
ではなぜ『現代歴史学と南京事件』では「最近湖口附近に於て捕獲せる中国将校は(…)」以降の部分を省略したか。理由は明らかです。『岡村寧次大将資料(上)』と『岡村寧次大将陣中感想録』を比較して重要な相違がある部分だけを引用したから、です。「最近湖口附近に於て捕獲せる中国将校は(…)」以降の部分は、二つの文の順序が入れ替わっていることと、「湖口附近」という地名が後者にはあることを除けばほぼ同一であるのに対し、『現代歴史学と南京事件』が引用した部分には「四、五万」という具体的な数字が含まれており、これが従来から知られていた『岡村寧次大将資料(上)』の記述との大きな違いだからです。仮に『現代歴史学と南京事件』が「最近湖口附近に於て捕獲せる中国将校は(…)」以降も併せて引用したとして、読者がそれを虚心坦懐に読むなら「日本側と中国側の証言が一致している」というのが第一印象であるはずです。「捕虜の多くが殺されているのに、捕虜となった中国軍将校が証言しているのはおかしい」などと考えるのは為にする議論と言わざるを得ません。
これは メッセージ 18263 (nmwgip さん)への返信です.
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