南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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『岡村寧次大将回想録』(2)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2007/04/01 21:50 投稿番号: [17479 / 41162]
  この『岡村寧次大将回想録』が『岡村寧次大将資料』回想編の原資料であることは、内容の同一性から間違いないと思われます。
  そして『岡村寧次大将回想録』が書かれた状況を前記のように理解すれば、『岡村寧次大将資料』前半部分に収録された終戦後の日記の内容と、後半部分の回想編の内容が矛盾している理由が説明できます。
  『岡村寧次大将資料』前半部分に収録された日記と、『岡村寧次大将回想録』は同一時期に書かれた物です。その内容は、本来一致していなければならない。
  しかし、そうなってはいなかった。
  おそらく『岡村寧次大将回想録』は蒋介石の意を受けて、国民党の宣伝戦略に合致するように書かれた物です。しかしそれは、岡村寧次大将がいくら軍の在り方に不満を持っていた改革派、理想主義者だったとしても、岡村氏本人にとり不本意なものだったのでしょう。
  それで、回想録とは別に、本当に自分の認識していた記録として、日記を残したのだと思われます。
  だからこそ『岡村寧次大将回想録』は転載・公表を禁じられていたのだし、『岡村寧次大将資料』も本人の生きている間は出版されなかったのでしょう。(岡村氏の没年は1966年、『岡村寧次大将資料』の出版は1970年)

  では某書に引用されている部分を回想録原本から引用してみます。

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昭和一三、七、一三(上海)
  中支戦場到着後先遣の宮崎参謀、中支派遣軍特務部長原田少将、杭州機関長萩原中佐等より聴取する所に依れば従来派遣軍第一線は給養困難を名として俘虜の多くは之を殺するの悪弊あり、南京攻略時に於て約四、五万に上る大殺戮、市民に対する掠奪強姦多数ありしことは事実なるが如し、最近湖口附近に於て捕獲せる中国将校は我等は日軍に捕えらるれば殺され、後方に退却すれば督戦者に殺さるるに由り唯頑強に抵抗するあるのみと言えりと云う。
  上海には相当多数の俘虜ありて苦役に就かしめあり、待遇必ずしも適良と云い難し。
(以下省略)
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  ここで聴取したと言っている内容は、
1.俘虜を殺す悪弊があった
2.南京攻略時に約四、五万の大殺戮があった
3.市民に対する掠奪・強姦が多数あった
  の三点です。
  まず注意しなければならないのは、俘虜を約四、五万殺戮した、とは書かれていないことです。
  ましてや、市民を不法に殺害したという認識は後段を読んでみても皆無です。
  南京に於ける市民に対する「残虐行為」は掠奪・強姦であり、市民に対する「大虐殺」は言及されていません。
  そしてその三点を「事実なるが如し」、つまり事実であったようだ、と表現しています。
  この後に「湖口附近に於て捕獲せる中国将校」の証言を採り上げて「言えりと云う」と表現していますが、宮崎参謀、原田少将、萩原中佐については「言えり」と表現していません。
  意識して表現を使い分けているのか、あるいは単に字句の重複を避けただけなのか確証はありませんが、文面をそのまま読めば、1〜3は聴取した結果を岡村氏が判断したものであり、「湖口附近に於て捕獲せる中国将校」の証言は聴取した内容をそのまま書き記したものです。原田少将や萩原中佐が岡村氏に対してどのような報告をしたか、これについては書かれていません。
  中国将校の証言に関しては「言えりと云う」と書かれていますから、岡村氏本人が尋問した結果ではなく、これも原田少将又は萩原中佐から聴取したことでしょう。しかし、これが事実でないことは、そのすぐ次の文章、「上海には相当多数の俘虜ありて苦役に就かしめあり」で明らかです。岡村氏は俘虜を殺す悪弊があった根拠として、事実ではないと判っていた中国軍将校の証言を採り上げていることになります。
  多数の俘虜が使役されている現実を目にしながら、派遣軍に俘虜を殺す悪弊があるのは事実と判定するのは不自然です。
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