>何度も同じところをループさせるのか?
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/12/26 20:54 投稿番号: [15571 / 41162]
ループさせているのはチミ♪
刑事責任は、処罰する側に立証責任があり、
何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。
>はなからシナは調査すらシナかったね(笑)
容疑をかけられている側に立証責任はない。
当然、容疑をかけられた側が調査する必要もない。
>便衣兵の話に変わったってことでOKか?(無実の推定)
刑事責任を理解していない事を露呈しているねぇ〜♪
処罰する側が容疑者の刑事責任がある事を立証できなければ、容疑者は無罪と推定されるのである。
つまり、容疑者を特定せずに攻撃すると、
無罪と推定される容疑者、及び、無関係な者に対して意思攻撃を加えた事になる。
>竜王廟方面から銃弾が飛んできたんだぞ。
行為者が特定できていませんね♪
>発砲者が軍の命令かどうかすら調査シナかったな
立証責任は処罰する側にありますから、容疑をかけられた側が調べる必要はありませんね♪
>手のタコや軍帽跡まで調べていた。
常に軍帽を被っていた者に軍帽跡がつくんですね。
便衣兵として組織されていたならば、
便衣による戦闘を行っていたはずですから、軍帽跡がつく事はありませんね♪
>便衣兵の中に一般市民が紛れていて、
>日本軍がそれを知っていて処刑を行った資料を出してくれないか?
知っていなくとも未必の故意は成立し得るから、
チミの要求通りの資料を提示する必要はないねぇ〜♪
幾つか挙げといてやろう。
一二月二一日 月曜日
一時三○分、アチソン氏の料理人といっしょにキャンパスの西の方角に向かった。
料理人は、七五歳の父親が殺されたと聞いていたので、ぜひ確認したかったのだ。
わたしたちは、道路の中央に老人が倒れているのを見つけた。
老人の死骸を竹薮に引き入れ、上にむしろをかけた。
老人は、危害をこうむることは絶対にないと言い張って、大使館で保護してもらうことを拒んでいた。
___________________________________
75歳の便衣兵だとでも言うのだろうか?
___________________________________
一二月二一日 月曜日
日本大使館を出てから、今度はアメリカ大使館の使用人といっしょに三牌楼にあるジェンキンズ氏宅へ行った。
彼の家は、アメリカ国旗を掲揚し、
日本文の布告や東京あて特電の文を掲示することによって護られていたにもかかわらず、
徹底的な略奪をこうむった。
ジェンキンズ氏が信頼していた使用人は車庫で射殺されていた。
彼は雇い主の家を出て大使館に避難することを拒んでいた。
__________________________________
アメリカ大使館の使用人が便衣兵だとでも言うのだろうか?
__________________________________
一月五日 水曜日
夜、男性がキャンパスに避難している娘に食べ物を差し入れたい、と言ってきた。
ここには男性を入れることはできないというと、わたしにはいまは娘しか残っていない。
三日前の夜、安全区内で妻が抵抗して大声を出したら、銃剣で胸を突き刺され、
そのうえ、幼い子どもは窓から放り出されてしまった」と訴えた。
___________________________________
女性の便衣兵だとでも言うのであろうか?
「南京事件の日々」より、
刑事責任は、処罰する側に立証責任があり、
何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。
>はなからシナは調査すらシナかったね(笑)
容疑をかけられている側に立証責任はない。
当然、容疑をかけられた側が調査する必要もない。
>便衣兵の話に変わったってことでOKか?(無実の推定)
刑事責任を理解していない事を露呈しているねぇ〜♪
処罰する側が容疑者の刑事責任がある事を立証できなければ、容疑者は無罪と推定されるのである。
つまり、容疑者を特定せずに攻撃すると、
無罪と推定される容疑者、及び、無関係な者に対して意思攻撃を加えた事になる。
>竜王廟方面から銃弾が飛んできたんだぞ。
行為者が特定できていませんね♪
>発砲者が軍の命令かどうかすら調査シナかったな
立証責任は処罰する側にありますから、容疑をかけられた側が調べる必要はありませんね♪
>手のタコや軍帽跡まで調べていた。
常に軍帽を被っていた者に軍帽跡がつくんですね。
便衣兵として組織されていたならば、
便衣による戦闘を行っていたはずですから、軍帽跡がつく事はありませんね♪
>便衣兵の中に一般市民が紛れていて、
>日本軍がそれを知っていて処刑を行った資料を出してくれないか?
知っていなくとも未必の故意は成立し得るから、
チミの要求通りの資料を提示する必要はないねぇ〜♪
幾つか挙げといてやろう。
一二月二一日 月曜日
一時三○分、アチソン氏の料理人といっしょにキャンパスの西の方角に向かった。
料理人は、七五歳の父親が殺されたと聞いていたので、ぜひ確認したかったのだ。
わたしたちは、道路の中央に老人が倒れているのを見つけた。
老人の死骸を竹薮に引き入れ、上にむしろをかけた。
老人は、危害をこうむることは絶対にないと言い張って、大使館で保護してもらうことを拒んでいた。
___________________________________
75歳の便衣兵だとでも言うのだろうか?
___________________________________
一二月二一日 月曜日
日本大使館を出てから、今度はアメリカ大使館の使用人といっしょに三牌楼にあるジェンキンズ氏宅へ行った。
彼の家は、アメリカ国旗を掲揚し、
日本文の布告や東京あて特電の文を掲示することによって護られていたにもかかわらず、
徹底的な略奪をこうむった。
ジェンキンズ氏が信頼していた使用人は車庫で射殺されていた。
彼は雇い主の家を出て大使館に避難することを拒んでいた。
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アメリカ大使館の使用人が便衣兵だとでも言うのだろうか?
__________________________________
一月五日 水曜日
夜、男性がキャンパスに避難している娘に食べ物を差し入れたい、と言ってきた。
ここには男性を入れることはできないというと、わたしにはいまは娘しか残っていない。
三日前の夜、安全区内で妻が抵抗して大声を出したら、銃剣で胸を突き刺され、
そのうえ、幼い子どもは窓から放り出されてしまった」と訴えた。
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女性の便衣兵だとでも言うのであろうか?
「南京事件の日々」より、
これは メッセージ 15570 (nikkyousokyuusai さん)への返信です.