42対1のチャイナの汚い工作
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/12/22 17:05 投稿番号: [15384 / 41162]
>その異物の日本を中国に引きずり込んで政権奪取に利用したのは「中国共産党」です。
それ以前に蒋介石の国民党も日本をチャイナに攻め込ませようとしていました。
それは「満州を手に入れる」のが目的です。
1)中国東北部の万里の長城が海に終わる「山海関」より東が関東と呼ばれており国力の乏しい満州の国境線防衛を護る為に日本軍が関東軍として駐屯していました。
2)一方、「満州に対する日本の権益を認めるか」どうかで1932年後半に「リットン調査団」が調査し国連はその報告を待っていました。
3)そんな最中、1933年1月1日、すなわち正月を祝う山海関の関東軍に突然手榴弾が投げ込まれる事件が発生しました。(日本軍は反撃して1月3日に山海関を制圧しました。)
4)さらに万里の長城の北側の熱河省では、主席の湯玉麟が密かに張学良と内通し反満抗日を叫ぶ湯王麟の軍32000を育成し、さらに張学良の正規軍33000を集結させて関東軍国境守備隊を攻撃準備していることが分かりました。
5)関東軍は、総攻撃を受ける前に「熱河省の反満抗日勢力」を掃討することに決し、「万里の長城を越えない」ことを条件として1933年2月23日第六師団及び騎兵第四旅団は行動を開始しました。
6)「万里の長城を越えない」ことを条件としたのは、関東軍が満州(東三省)から踏み出して内蒙古に侵攻すると、中国内地を直接脅かすことを意味するため、同地に利害関係をもつ英米、そして日本の利権は南満州のみ、とする国際連盟からの決定的な反発を招くと考えられたからです。
7)しかし翌2月24日に国連が召集され、翌日にもかかわらずなぜかチャイナは豊富な情報で日本を強烈に非難し、国際連盟総会は日本の撤退勧告案を“42対1”(反対は日本のみ、ほかにシャム(タイ)のみが棄権)で可決しました。
つまり、日本は「チャイナの国連を利用した汚い工作にまんまと引っ掛かった」わけです。
これは メッセージ 15379 (n_o_i_s_e_m_a_n さん)への返信です.
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