Re: トランスパシフィックその他
投稿者: usotaiji 投稿日時: 2006/08/03 07:04 投稿番号: [11505 / 41162]
nmwgip どん
> 南京戦直後、中国代表が国際連盟で日本軍の「占領地における残虐で野蛮な行為」を非難する演説をしたにもかかわらずその時も、その直後の理事会においても、
おおやっぱり、蒋介石は南京事件を沈黙ではなく非難していたんだ。
>南京攻略戦における日本の違法行為を非難した決議が採択されなかったのは、中国の宣伝が真実から程遠かったからだ。
なるほど、
>>国際宣伝戦というのは、どっちが真実に近いかで勝負は決まるんだぜ。
という私の意見に賛同してくれたのだね。
そういえば、一昨年の米海兵隊によるファルージャへの第2回殲滅戦では、最初の攻撃目標が病院。「人を殺した」という事実が集まり、プレスが集まる病院を『完封』したね。勝負を決する真実がそこから漏れては困るからだ。
陸軍報道部長(当時は支那派遣軍報道部長)馬渕逸雄大佐は、『外国人プレスを完封』して、『真実を完封』することに成功したと自画自賛している。60年以上前からそれをやっていた日本は、もしかするとプロパガンダ戦の先進国かね?
しかし、さらに遡ること30余年、今から100年前の旧旧日本の話。日露戦争奉天会戦においては『外国人プレスの完封』とは全く逆のことをやったことを想起しなくてはならない。
「日本の戦争目的を、中立国たる欧米諸国に対して明確に広報し、それらの国民による強い日本支援の世論を形成していくこと」。この大方針によって、戦力不利をカバーしようとしたと聞いている。
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2005_11.html
その結果、会戦に勝利した日本は、欧米列強からも一目おかれるようになり、国際社会に地歩を気づくことができたのである。
『外国プレスに開放』した奉天会戦と、『外国プレスを完封した』南京後略戦、この対比を見ただけで、旧日本の悪しき方向への舵の切り替えをみることができよう。
nmwgip どんによる馬渕引用の中には、
> -中略-
首都南京の占領もこの二つの事件と宣教師のデマ宣伝に依ってその対外的価値を半減した。又蒋介石側に対しても日本のこの穏便消極の態度は「日本は支那には強いことを言ふが、英米に対してはグーの音も出ぬ、日本伍しやすし」と見縊る材料を与へ、宣伝上から多大の損失をしたのである
とある。おそらくこの-中略-には、中立な第3国外国人管理による「国際安全区」設置を罵った記述でもあるのだろう。国際人道主義すら罵る“悪しき国家”の一典型を馬渕と旧日本にみる。孤立あるのみ。さしずめ今日なら、『てんのーへーか、マンセー!』だろうか。
まあ、上海戦争や日中戦争をなぜに『事変』と呼び、国民に対しても第3者的諸外国をも欺いてきたか。nmwgip どんにお尋ねする。
なぜ旧日本国は、堂々と『戦争』と呼ばなかったのかね。プロパガンダ戦の敗北原因はそこに行き着くと思うがどうかね。
> 南京戦直後、中国代表が国際連盟で日本軍の「占領地における残虐で野蛮な行為」を非難する演説をしたにもかかわらずその時も、その直後の理事会においても、
おおやっぱり、蒋介石は南京事件を沈黙ではなく非難していたんだ。
>南京攻略戦における日本の違法行為を非難した決議が採択されなかったのは、中国の宣伝が真実から程遠かったからだ。
なるほど、
>>国際宣伝戦というのは、どっちが真実に近いかで勝負は決まるんだぜ。
という私の意見に賛同してくれたのだね。
そういえば、一昨年の米海兵隊によるファルージャへの第2回殲滅戦では、最初の攻撃目標が病院。「人を殺した」という事実が集まり、プレスが集まる病院を『完封』したね。勝負を決する真実がそこから漏れては困るからだ。
陸軍報道部長(当時は支那派遣軍報道部長)馬渕逸雄大佐は、『外国人プレスを完封』して、『真実を完封』することに成功したと自画自賛している。60年以上前からそれをやっていた日本は、もしかするとプロパガンダ戦の先進国かね?
しかし、さらに遡ること30余年、今から100年前の旧旧日本の話。日露戦争奉天会戦においては『外国人プレスの完封』とは全く逆のことをやったことを想起しなくてはならない。
「日本の戦争目的を、中立国たる欧米諸国に対して明確に広報し、それらの国民による強い日本支援の世論を形成していくこと」。この大方針によって、戦力不利をカバーしようとしたと聞いている。
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2005_11.html
その結果、会戦に勝利した日本は、欧米列強からも一目おかれるようになり、国際社会に地歩を気づくことができたのである。
『外国プレスに開放』した奉天会戦と、『外国プレスを完封した』南京後略戦、この対比を見ただけで、旧日本の悪しき方向への舵の切り替えをみることができよう。
nmwgip どんによる馬渕引用の中には、
> -中略-
首都南京の占領もこの二つの事件と宣教師のデマ宣伝に依ってその対外的価値を半減した。又蒋介石側に対しても日本のこの穏便消極の態度は「日本は支那には強いことを言ふが、英米に対してはグーの音も出ぬ、日本伍しやすし」と見縊る材料を与へ、宣伝上から多大の損失をしたのである
とある。おそらくこの-中略-には、中立な第3国外国人管理による「国際安全区」設置を罵った記述でもあるのだろう。国際人道主義すら罵る“悪しき国家”の一典型を馬渕と旧日本にみる。孤立あるのみ。さしずめ今日なら、『てんのーへーか、マンセー!』だろうか。
まあ、上海戦争や日中戦争をなぜに『事変』と呼び、国民に対しても第3者的諸外国をも欺いてきたか。nmwgip どんにお尋ねする。
なぜ旧日本国は、堂々と『戦争』と呼ばなかったのかね。プロパガンダ戦の敗北原因はそこに行き着くと思うがどうかね。
これは メッセージ 11500 (nmwgip さん)への返信です.