返事
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2002/09/29 15:30 投稿番号: [1472 / 230347]
突然に新入りがごちゃごちゃと、どうも申し訳ありません。成り行き上、書き込みをさせていただきます。
>日本の天皇を私が冒涜したが, それは韓国の人々が受け入れにくい侮辱を日本人がモンゾしたからです.
一連のふざけた発言はともかくとして、かといってあなたの表現も批判されてしかるべき性質のものでした。また、私はあなたに少しはまじめに答えたつもりでしたが、返ってきたことばは「豚足」でしたね。私はそのようなふざけた言葉はほぼ一貫して使っていないつもりでしたが、大変残念でした。
>ドイツ宣戦布告における国際社会の評価の問題?私たち人たちがこれをどんなに評価しようか?微弱するけれど努力をした.こんなに分かります.
前に書きましたが、韓国での教科書の記述は現在の評価を言っているのではなく、「当時」に位相を高めたという文脈かと思います。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na 4aba1a9&sid=1835396&mid=86852
どのような高い評価が国際的に光復軍の宣戦布告にあったのかは寡聞にしてしりませんが、普通で考えればこれは行き過ぎの評価でしょう。問題はその著述の姿勢にあります。こんなような記述はいくらでも出てきます。針小棒大と夜郎自大、それはあなたの嫌う日本の皇国史観と大差のない、民族史観の大きな弊害ですよ。民族史観は、今一度自省の立場に立つ時が来ているということです。
>百済の夭逝経略説 vs 任那日本府説
を比べて評価してください.
遼西経略の根拠についてはあいにくよく知りません。たしか説は一定していないのではなかったですか。大朝鮮主義の一環でもあるのかな。教科書には無批判に事実として出てますね。遼西や山東地方、日本の九州地方に進出したとあります(九州に進出ってなんのことでしょう。教科書にこんなこと書いていいのかな・・)。
任那日本府については回答済みです。比べて評価しろといわれても困りますね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na 4aba1a9&sid=1835396&mid=86591
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na 4aba1a9&sid=1835396&mid=86606
私はあいにく日本の教科書は手元になく受験参考書くらいしか確認できませんが、任那日本府については「日本書紀」という出典を明記しながら朝鮮半島への勢力拡大に触れるのが一般化しており、または以下のように「考えられる」程度で、一つの説を提示しているにとどまる傾向が今の状況ではないでしょうか。私はこういう形であれば常識的な線であると思っています。受験参考書など丁寧なもので任那日本府への疑問が提起されていることもちゃんと書いてありますが、そういう批判なども教科書において脚注で入れていればなおいいでしょうね。一方の百済の経略説は、無批判ですけどね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na 4aba1a9&sid=1835396&mid=86608
いずれにせよ、私は日本の歴史教育に皇国史観、植民地史観を見てはいません。むしろ韓国の大朝鮮主義や民族史観一色の歴史学界に危機感をもっている次第です。それはなんども言いました。
基本的に「歴史」は「政治」です。あなたが言うような「事実だけの叙述」は絶対にありえません。個別の表記のみならず、そもそも年表を出すだけでも、それは政治的判断が反映されることです。どの位置に立つか、日本と朝鮮の立つ位置はおのずから違ってくる。しかしその立つべき位置をある部分に限っていえば共有することも不可能ではないでしょう。それは綿密な検証と謙虚な姿勢が求められる作業であり、自省の覚悟も必要です。
歴史観において今、日本の朝鮮に対する植民地肯定論に、私は同調する気はない。しかし、教科書の悲劇は、日本よりも韓国に病理と悲劇を見ざるをえないというのが私の感想
>日本の天皇を私が冒涜したが, それは韓国の人々が受け入れにくい侮辱を日本人がモンゾしたからです.
一連のふざけた発言はともかくとして、かといってあなたの表現も批判されてしかるべき性質のものでした。また、私はあなたに少しはまじめに答えたつもりでしたが、返ってきたことばは「豚足」でしたね。私はそのようなふざけた言葉はほぼ一貫して使っていないつもりでしたが、大変残念でした。
>ドイツ宣戦布告における国際社会の評価の問題?私たち人たちがこれをどんなに評価しようか?微弱するけれど努力をした.こんなに分かります.
前に書きましたが、韓国での教科書の記述は現在の評価を言っているのではなく、「当時」に位相を高めたという文脈かと思います。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na 4aba1a9&sid=1835396&mid=86852
どのような高い評価が国際的に光復軍の宣戦布告にあったのかは寡聞にしてしりませんが、普通で考えればこれは行き過ぎの評価でしょう。問題はその著述の姿勢にあります。こんなような記述はいくらでも出てきます。針小棒大と夜郎自大、それはあなたの嫌う日本の皇国史観と大差のない、民族史観の大きな弊害ですよ。民族史観は、今一度自省の立場に立つ時が来ているということです。
>百済の夭逝経略説 vs 任那日本府説
を比べて評価してください.
遼西経略の根拠についてはあいにくよく知りません。たしか説は一定していないのではなかったですか。大朝鮮主義の一環でもあるのかな。教科書には無批判に事実として出てますね。遼西や山東地方、日本の九州地方に進出したとあります(九州に進出ってなんのことでしょう。教科書にこんなこと書いていいのかな・・)。
任那日本府については回答済みです。比べて評価しろといわれても困りますね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na 4aba1a9&sid=1835396&mid=86591
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na 4aba1a9&sid=1835396&mid=86606
私はあいにく日本の教科書は手元になく受験参考書くらいしか確認できませんが、任那日本府については「日本書紀」という出典を明記しながら朝鮮半島への勢力拡大に触れるのが一般化しており、または以下のように「考えられる」程度で、一つの説を提示しているにとどまる傾向が今の状況ではないでしょうか。私はこういう形であれば常識的な線であると思っています。受験参考書など丁寧なもので任那日本府への疑問が提起されていることもちゃんと書いてありますが、そういう批判なども教科書において脚注で入れていればなおいいでしょうね。一方の百済の経略説は、無批判ですけどね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=a4ja4bc4z9qbfma4oa1a27ya4oa4la4ka4na 4aba1a9&sid=1835396&mid=86608
いずれにせよ、私は日本の歴史教育に皇国史観、植民地史観を見てはいません。むしろ韓国の大朝鮮主義や民族史観一色の歴史学界に危機感をもっている次第です。それはなんども言いました。
基本的に「歴史」は「政治」です。あなたが言うような「事実だけの叙述」は絶対にありえません。個別の表記のみならず、そもそも年表を出すだけでも、それは政治的判断が反映されることです。どの位置に立つか、日本と朝鮮の立つ位置はおのずから違ってくる。しかしその立つべき位置をある部分に限っていえば共有することも不可能ではないでしょう。それは綿密な検証と謙虚な姿勢が求められる作業であり、自省の覚悟も必要です。
歴史観において今、日本の朝鮮に対する植民地肯定論に、私は同調する気はない。しかし、教科書の悲劇は、日本よりも韓国に病理と悲劇を見ざるをえないというのが私の感想
これは メッセージ 1462 (taikingdam さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/1472.html