>横レス失礼。
投稿者: jptmd2004 投稿日時: 2004/04/16 19:46 投稿番号: [31402 / 196466]
いいえ、レス有り難うございます!
>さて、中国は、国際法上認められる、「無主の地の先占による領有権」を主張する日本の
立場を尊重すべきだと思いますよ。
また、日本も尖閣諸島は中国の大陸棚にあるということを尊重し、解決策を模索した方が
いいとも思います。
<
尊重し合うとの意味で、中国側が一貫して「話し合いによる解決」と主張しているようですね。
国際法上認められる「先、発見権。先、命名権。先、使用権、」を主張する中国の立場も尊重すべきだと思いますよ。
中国が、今も日本の占拠した事実を無視せずに、「話し合おうじゃないか」と主張しているように、個人的に考えていますね。
よって、
ロシアによって占拠されている北方領土の問題に関して、中国が日本の主張を支持していますが。
>これは反論になっていませんね。
先占によって日本が尖閣諸島の領有権を得たのが1895年1月、台湾の割譲を受けたのが
同年5月ですから、下関条約で割譲を受けた台湾の範疇に尖閣諸島が入っていないことは
明白なんですよ。
>>(下関条約)』によって中国の台湾省を占領し、これに前後して釣魚島を盗み取っている。
読み直せば、わかることですが、
「下関条約」が結ばせられる背景を無視しては話は進みません。
「下関条約」を結ぶ前に、上述のように、<釣魚島を盗み取っている。>となっていますよ。
その背景については
==
しかし、日本軍が1894年11月末に旅順を占領し、清の主力である北洋艦隊を威海に封じ込め、明治政府は清への勝利を確信する。その後、中国に台湾を割譲させる講和条件を突きつけ、中国へ通知しないまま、先行して秘密裏に釣魚列島を奪い取ってしまう。野村靖・内務大臣は同12月27日、陸奥宗光・外務大臣へ密書を送り、命令で先送りになっていた「久場島」(黄尾嶼)、「魚釣島」での目印の杭を建設について、しばらく停止の命令を下したとはいえ、「其当時ト今日トハ事情モ相異候ニ付(訳注)」として、これらの島に対し「管理が必要」で、あらためて議論すべきとしている。これに対して外務省は異議を申し立てず、「御見込ノ通リ御取計相成可(訳注)」としている。その結果、1895年1月14日、日本政府は戦争の終結を待たずして「内閣決議」を行い、釣魚列島を沖縄県の管轄下に置き、目印となる杭を立てた。(6)中日両国は同4月17日、『馬関条約(下関条約)』に調印。中国は台湾とその周囲の島を割譲させられ、日本が敗戦するまで、日本による台湾統治は50年にわたった。釣魚島など台湾周囲の島も長い間日本に占領された。
http://fpj.peopledaily.com.cn/cehua/20040407/01.htm
==
>>=釣魚島(尖閣列島)に関する中国外交部声明
>1971年の声明の転載に何か意味が有るのでしょうか?
中国側の主張が石油資源を狙ったものではないかに関する反論で、
実は、声明文の中には、その以前にも同島を主張したんだよっとの反論でしたが。
個人的には、
ずっと国務を重点に据え置きして来たが、
それ以上放置すると、よりややこしくなるのではないかと、世界にアピールには絶好なタイミングを選んだ声明発表だと思っています。
その声明発表は実に意味深いですよ。
>さて、中国は、国際法上認められる、「無主の地の先占による領有権」を主張する日本の
立場を尊重すべきだと思いますよ。
また、日本も尖閣諸島は中国の大陸棚にあるということを尊重し、解決策を模索した方が
いいとも思います。
<
尊重し合うとの意味で、中国側が一貫して「話し合いによる解決」と主張しているようですね。
国際法上認められる「先、発見権。先、命名権。先、使用権、」を主張する中国の立場も尊重すべきだと思いますよ。
中国が、今も日本の占拠した事実を無視せずに、「話し合おうじゃないか」と主張しているように、個人的に考えていますね。
よって、
ロシアによって占拠されている北方領土の問題に関して、中国が日本の主張を支持していますが。
>これは反論になっていませんね。
先占によって日本が尖閣諸島の領有権を得たのが1895年1月、台湾の割譲を受けたのが
同年5月ですから、下関条約で割譲を受けた台湾の範疇に尖閣諸島が入っていないことは
明白なんですよ。
>>(下関条約)』によって中国の台湾省を占領し、これに前後して釣魚島を盗み取っている。
読み直せば、わかることですが、
「下関条約」が結ばせられる背景を無視しては話は進みません。
「下関条約」を結ぶ前に、上述のように、<釣魚島を盗み取っている。>となっていますよ。
その背景については
==
しかし、日本軍が1894年11月末に旅順を占領し、清の主力である北洋艦隊を威海に封じ込め、明治政府は清への勝利を確信する。その後、中国に台湾を割譲させる講和条件を突きつけ、中国へ通知しないまま、先行して秘密裏に釣魚列島を奪い取ってしまう。野村靖・内務大臣は同12月27日、陸奥宗光・外務大臣へ密書を送り、命令で先送りになっていた「久場島」(黄尾嶼)、「魚釣島」での目印の杭を建設について、しばらく停止の命令を下したとはいえ、「其当時ト今日トハ事情モ相異候ニ付(訳注)」として、これらの島に対し「管理が必要」で、あらためて議論すべきとしている。これに対して外務省は異議を申し立てず、「御見込ノ通リ御取計相成可(訳注)」としている。その結果、1895年1月14日、日本政府は戦争の終結を待たずして「内閣決議」を行い、釣魚列島を沖縄県の管轄下に置き、目印となる杭を立てた。(6)中日両国は同4月17日、『馬関条約(下関条約)』に調印。中国は台湾とその周囲の島を割譲させられ、日本が敗戦するまで、日本による台湾統治は50年にわたった。釣魚島など台湾周囲の島も長い間日本に占領された。
http://fpj.peopledaily.com.cn/cehua/20040407/01.htm
==
>>=釣魚島(尖閣列島)に関する中国外交部声明
>1971年の声明の転載に何か意味が有るのでしょうか?
中国側の主張が石油資源を狙ったものではないかに関する反論で、
実は、声明文の中には、その以前にも同島を主張したんだよっとの反論でしたが。
個人的には、
ずっと国務を重点に据え置きして来たが、
それ以上放置すると、よりややこしくなるのではないかと、世界にアピールには絶好なタイミングを選んだ声明発表だと思っています。
その声明発表は実に意味深いですよ。
これは メッセージ 31400 (nita2 さん)への返信です.
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