つづき
投稿者: kflez 投稿日時: 2002/06/08 16:24 投稿番号: [24378 / 196466]
現代史に関心が深い観光客なら、楊貴妃が使ったといわれる浴槽(もちろん復元品)に目を奪われるだけでなく、園内にある西安事件の現場にも関心を寄せるだろう。蒋介石の宿舎は「五間庁」といわれる平屋で、その一角のガラス窓が割れている。説明文によると西安事件で起きた銃撃戦の弾痕の跡だそうである。
寝室を飛び出した蒋介石は、わずかな護衛兵と随員を連れて裏山へ逃げたが、中腹の岩穴に潜んでいるところを、事件を起こした張学良率いる東北軍の兵隊に発見され、連行される。
この西安事件をおさらいすると――国民政府の最高指導者・蒋介石に共産党軍の掃討を命じられていた東北軍率いる張学良と、西北軍率いる楊虎城が、西安に督戦に訪れた蒋介石を監禁し、共産党との内戦の停止と、抗日に立ち上がることを求めた事件のことだ。翌37年の廬溝橋事件で国民党と共産党は協力することになり、いわゆる2度目の「国共合作」が成立する。
張学良の根拠地だった瀋陽に残る本部建物
事件は2週間続き、一時は内戦の勃発も心配されたのだが、共産党の周恩来の調停で蒋介石は釈放され、張学良は蒋を送って同行した南京で拘束されてしまう。戦後の46年に台湾へ送られ、以後長々と台湾で軟禁生活を強いられることになる。
やっと90年になって自由を回復したが、去年10月、滞在先のハワイで100歳の生涯を閉じた。生前、中国現代史と合わせ鏡のような人生を語ることはほとんどなかった。とくに西安事件のについては、口をつぐんできた。90年にNHKがインタビューに成功したが事件については、わずかに触れた程度で、詳細についての言明は避けた。
これは メッセージ 24377 (kflez さん)への返信です.
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