「支那」と呼んでよい主張しているのではあ
投稿者: unhoo 投稿日時: 1999/04/14 21:24 投稿番号: [1970 / 196466]
「支那」と呼んでよい主張しているのではありません「支那」という言葉が発生したのは、学術上の必要からです。発生の時期は明治時代です。明治時代の日本人は、隣国の名を清国と呼んでいました。ところが学術上では、「清国」では不都合な場合があるのです。たとえば「清国五千年史」と言うわけにはいきません。清国の歴史は二百年余しかありませんからね。だから学術上の需要により、CHINAから支那という言葉が作られたのです。漢字を多用する習慣のあった時代だから、チャイナにならなかったのです。またその時代の清国の人たちは、まだ自国の国名を中国とは言っていませんでした。日本人も隣国に「中国」という古名があることを知りませんでした。
明治が終わった年と、清朝が倒れた年とは同じ年でした(1912)。この年に日本人は隣国がもはや清国と呼べないことを知り、学術用語だった「支那」で隣国を呼ぶようになったのです。
私が言うのは、「支那」という呼び方の発生の歴史です。それだけです。「支那」は結局は廃止するほかないだろうと思いますが、そのことは若い人たちで議論してください。
これは メッセージ 1957 (Akashi_Sugarlight さん)への返信です.
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