Re: qoraboyさん、いつになったらまとまる
投稿者: qoraboy 投稿日時: 2005/10/31 01:36 投稿番号: [101834 / 196466]
>尖閣諸島は含まれていませんよ。何度も書いていますよ。
中国側が尖閣諸島を自国の領土と考えていなかったことは、サン・フランシスコ平和条約第三条に基づいて米国の施政の下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実(昭和二十八年十二月二十五日の米国民政府布告第二十七号により緯度、経度で示されています)に対して、従来なんらの異議をとなえなかったことからも明らかです。
①何度説明してあげたら、理解できるようになりますかね?
日本は、カイロ宣言、ボツダム宣言にて、「満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取した一切の地域を中華民国に返還することにある。
日本国はまた、暴力及び貪欲により日本国が略取した他の一切の地域から駆逐されなければならない。」と規定されている。
②51年に周恩来は、中国抜きの「サン・フランシスコ平和条約」を認めない声明を発表した。
③アメリカは、どちらの主権を認めもせず、当事国にその主権問題を任せる。つまり、<(昭和二十八年十二月二十五日の米国民政府布告第二十七号により緯度、経度で示されています)> のようだが、無意味なものとなる。
「米国政府は1971年10月、「米国は、以前日本から取得したこれらの島に対する行政権を日本に返還したことは、主権に関する主張をいささかも損なわないと考える。米国はこれら島々の行政権を委託される前に日本が有していた法的権利を増加させることはできず、行政権の日本への返還によって他の主権要求者の権利を弱めることもできない。……これらの島についてのいかなる係争の要求も当事者が互いに解決すべき事柄である」(7)と表明せざるを得なくなった。米国務省のバーンズ報道官は1996年9月11日、「米国は釣魚列島の主権に対するいかなる国の主張をも認めもしなければ支持もしない」(8)と発言している。」
(7)米上院外交関係委員会公聴会、第92回国会議事 1971年10月27日〜29日 91ページ
(8)香港『東方日報』 1996年9月12日付
>意味はありますよ。貴方が理解出来ていないだけです。
上記①、②からみれば、1896年に古賀辰四郎氏についてのことが無意味なものとなる。
>何度も書いている様に「カイロ宣言・ボツダム宣言」を云々言う前に「中国が尖閣と領有していた時期」を説明できる資料を出してください。
目印に利用した資料でなく、実際に中国が調査などした記録は無いのですか?
調査するところか、釣魚島を戦略海域として使った。当然、封建社会には近代の調査と異なった意味のその領有の意思、指定の仕方がある。
「尖閣」列島−釣魚諸島の史的解明 井上
三 釣魚諸島は明の時代から中国領として知られている
「おそくとも十六世紀には、釣魚諸島が中国領であったことを示す、もう一種の文献がある。それは、陳侃や郭汝霖
とほぼ同時代の胡宗憲が編纂した『籌海図編』(一五六一年の序文あり)である。胡宗憲は、当時中国沿海を荒らし
まわっていた倭寇と、数十百戦してこれを撃退した名将で、右の書は、その経験を総括し、倭寇防衛の戦略戦術と
城塞・哨所などの配置や兵器・船艦の制などを説明した本である。 」
四 清代の記録も中国領と確認している
http://akebonokikaku.hp.infoseek.co.jp/page015.html
中国側が尖閣諸島を自国の領土と考えていなかったことは、サン・フランシスコ平和条約第三条に基づいて米国の施政の下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実(昭和二十八年十二月二十五日の米国民政府布告第二十七号により緯度、経度で示されています)に対して、従来なんらの異議をとなえなかったことからも明らかです。
①何度説明してあげたら、理解できるようになりますかね?
日本は、カイロ宣言、ボツダム宣言にて、「満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取した一切の地域を中華民国に返還することにある。
日本国はまた、暴力及び貪欲により日本国が略取した他の一切の地域から駆逐されなければならない。」と規定されている。
②51年に周恩来は、中国抜きの「サン・フランシスコ平和条約」を認めない声明を発表した。
③アメリカは、どちらの主権を認めもせず、当事国にその主権問題を任せる。つまり、<(昭和二十八年十二月二十五日の米国民政府布告第二十七号により緯度、経度で示されています)> のようだが、無意味なものとなる。
「米国政府は1971年10月、「米国は、以前日本から取得したこれらの島に対する行政権を日本に返還したことは、主権に関する主張をいささかも損なわないと考える。米国はこれら島々の行政権を委託される前に日本が有していた法的権利を増加させることはできず、行政権の日本への返還によって他の主権要求者の権利を弱めることもできない。……これらの島についてのいかなる係争の要求も当事者が互いに解決すべき事柄である」(7)と表明せざるを得なくなった。米国務省のバーンズ報道官は1996年9月11日、「米国は釣魚列島の主権に対するいかなる国の主張をも認めもしなければ支持もしない」(8)と発言している。」
(7)米上院外交関係委員会公聴会、第92回国会議事 1971年10月27日〜29日 91ページ
(8)香港『東方日報』 1996年9月12日付
>意味はありますよ。貴方が理解出来ていないだけです。
上記①、②からみれば、1896年に古賀辰四郎氏についてのことが無意味なものとなる。
>何度も書いている様に「カイロ宣言・ボツダム宣言」を云々言う前に「中国が尖閣と領有していた時期」を説明できる資料を出してください。
目印に利用した資料でなく、実際に中国が調査などした記録は無いのですか?
調査するところか、釣魚島を戦略海域として使った。当然、封建社会には近代の調査と異なった意味のその領有の意思、指定の仕方がある。
「尖閣」列島−釣魚諸島の史的解明 井上
三 釣魚諸島は明の時代から中国領として知られている
「おそくとも十六世紀には、釣魚諸島が中国領であったことを示す、もう一種の文献がある。それは、陳侃や郭汝霖
とほぼ同時代の胡宗憲が編纂した『籌海図編』(一五六一年の序文あり)である。胡宗憲は、当時中国沿海を荒らし
まわっていた倭寇と、数十百戦してこれを撃退した名将で、右の書は、その経験を総括し、倭寇防衛の戦略戦術と
城塞・哨所などの配置や兵器・船艦の制などを説明した本である。 」
四 清代の記録も中国領と確認している
http://akebonokikaku.hp.infoseek.co.jp/page015.html
これは メッセージ 101817 (keijiban1234 さん)への返信です.
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