『水色の街』PV解釈(2)
投稿者: yamaokikayoko 投稿日時: 2002/11/06 13:57 投稿番号: [149468 / 177456]
投稿者: UNAGI_NANGI_DANGI 2002/ 8/19 1:20
-- -人の気配の無い廃屋のような家の前に草野氏と象が映る。
家の看板には大きな字でタイ語で書かれている。
(この時点では草野氏は象と異なる方向を向いている。)
先ほどは『ロビンソン』PVにあった「鳥居」が映し出されたが、同様に今度は同PVでも出現した「廃屋」が現れる。ちなみに『ロビンソン』PVでの「廃屋」は、「スピッツ部屋」(=スピッツとして今後もずっと『普遍愛の君』と行き交う作品を作り続けていく作業そのもの)と解釈したが、今回も、スピッツがスピッツとして存在するという根源(音源)となる場所、アイデンティティ(言い切ってしまおう)そのものの場所と考えられる。
「運命の人」との出会い以降、何かこう、ぼやけてしまった、スピッツとして最も大切なものがここにある。だから、巨大な象になってしまって身動きとれなくなった自分自身をわざわざそこに連れて行ってる、そんな気がしてならない。
ちなみに調べてみたが、廃屋の看板の最後の3文字はタイ語で「犬」を意味する。
つまりこのタイの看板の意味するものは「スピッツ部屋」ならぬ「スピッツ犬」だと推測はできるが、そうであれば、やはりスピッツの根源を意味する場所として意味をなす。
-- -間奏部分で花・沫を巻いて流れる川・ドラム・ギター・シンクロナイズドスイミング・草野氏の真剣な眼差しがフェイドイン・フェイドアウトを繰り返しながら登場する。そして渦を巻いて流れる川にうっすらと小舟に乗っている草野氏が小さく浮かび上がる。
日常にて音楽活動、「運命の人」などの女性、不可避な力、時の流れとともにそれらに巻かれながら、あたかもそれらは一体化するシンクロナイズドスイミングのように、小舟の上の草野氏の一つのまとまった概念へと収束していく。
-- -再びの草野氏と象のシーンでは、草野氏と象が対峙しあい、象は嬉しそうに鼻を上げている。
巨象は秘境にあるスピッツ部屋に戻ったことで、自らのアイデンティティを取り戻し、あたかも息を吹き返したかのよう。草野氏と象は対峙し、本来のものと現実のものが一致した瞬間にも思われる。
-- -再び草野氏の真剣な眼差しをした顔がアップで映される。
-- -川の間に立つ草野氏
-- -先ほどの向こう岸・鳥居・橋が映されるがそこには先ほどいた象はいない。
普遍界にいる向こう岸の「君」の住む街と自由に行き交う感覚を取り戻すことで、もはや身動きのしづらくなった自分の分身を意味していた象は、概念上の川には存在しなくなった。する必要が無くなった。
-- -「水色の街」を歌う草野氏が映され、カメラが引いていってスピッツ全体が映し出され、PVは終わる。
今後も音楽活動を続けていくスピッツ。そこには『普遍愛の君』に「会いたくて 今すぐ 飛び跳ねる心で 水色のあの街へ」行き交うことのできる草野氏の命が、終わらない歌として、刻まれていく。
-- -人の気配の無い廃屋のような家の前に草野氏と象が映る。
家の看板には大きな字でタイ語で書かれている。
(この時点では草野氏は象と異なる方向を向いている。)
先ほどは『ロビンソン』PVにあった「鳥居」が映し出されたが、同様に今度は同PVでも出現した「廃屋」が現れる。ちなみに『ロビンソン』PVでの「廃屋」は、「スピッツ部屋」(=スピッツとして今後もずっと『普遍愛の君』と行き交う作品を作り続けていく作業そのもの)と解釈したが、今回も、スピッツがスピッツとして存在するという根源(音源)となる場所、アイデンティティ(言い切ってしまおう)そのものの場所と考えられる。
「運命の人」との出会い以降、何かこう、ぼやけてしまった、スピッツとして最も大切なものがここにある。だから、巨大な象になってしまって身動きとれなくなった自分自身をわざわざそこに連れて行ってる、そんな気がしてならない。
ちなみに調べてみたが、廃屋の看板の最後の3文字はタイ語で「犬」を意味する。
つまりこのタイの看板の意味するものは「スピッツ部屋」ならぬ「スピッツ犬」だと推測はできるが、そうであれば、やはりスピッツの根源を意味する場所として意味をなす。
-- -間奏部分で花・沫を巻いて流れる川・ドラム・ギター・シンクロナイズドスイミング・草野氏の真剣な眼差しがフェイドイン・フェイドアウトを繰り返しながら登場する。そして渦を巻いて流れる川にうっすらと小舟に乗っている草野氏が小さく浮かび上がる。
日常にて音楽活動、「運命の人」などの女性、不可避な力、時の流れとともにそれらに巻かれながら、あたかもそれらは一体化するシンクロナイズドスイミングのように、小舟の上の草野氏の一つのまとまった概念へと収束していく。
-- -再びの草野氏と象のシーンでは、草野氏と象が対峙しあい、象は嬉しそうに鼻を上げている。
巨象は秘境にあるスピッツ部屋に戻ったことで、自らのアイデンティティを取り戻し、あたかも息を吹き返したかのよう。草野氏と象は対峙し、本来のものと現実のものが一致した瞬間にも思われる。
-- -再び草野氏の真剣な眼差しをした顔がアップで映される。
-- -川の間に立つ草野氏
-- -先ほどの向こう岸・鳥居・橋が映されるがそこには先ほどいた象はいない。
普遍界にいる向こう岸の「君」の住む街と自由に行き交う感覚を取り戻すことで、もはや身動きのしづらくなった自分の分身を意味していた象は、概念上の川には存在しなくなった。する必要が無くなった。
-- -「水色の街」を歌う草野氏が映され、カメラが引いていってスピッツ全体が映し出され、PVは終わる。
今後も音楽活動を続けていくスピッツ。そこには『普遍愛の君』に「会いたくて 今すぐ 飛び跳ねる心で 水色のあの街へ」行き交うことのできる草野氏の命が、終わらない歌として、刻まれていく。
これは メッセージ 149467 (yamaokikayoko さん)への返信です.
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