Re: 9/11の日経コラムより
投稿者: nuketusetus 投稿日時: 2002/09/28 09:39 投稿番号: [148124 / 177456]
>・・・駆け引きしてる間に、さらに隠されてしまったりしないのかな、余計な心配でしょうが。
だから片方は駆け引きを相当急いでますね。まあ、それにしても駆け引きというのは
常に有限の時間の中でしか行えない訳で、どちらかが席を立つまでに交渉が妥結
しなければ失敗な訳です。アフガニスタン空爆前夜も、まだ条件闘争を続けようと
するタリバン政権に対して、アメリカは即時全面屈服を要求して席を立ちました。
今だにその件を咎める人がいるけど、個人的には交渉事の本質から言ってアメリカの
行動は当然だと思われてなりません。
>「可能性がある」と言われたら、将来のことは誰にもわかりませんから、「無い」とは言い切れないわけですよね。そういう状況を、軍事行動の理由として正当なものと考えるかどうか、個々の「そう思う」とか「思わない」とかっていう感情は感情として、それを是と考えるべきかどうか。
例えば日本の社会で隣の家人が犯罪を行っている恐れがあれば、普通は警察に
相談or通報しますよね?「恐れ」について白黒はっきりつけることを仕事とする
人がいる。そして、それは前回の投稿でも書いたように、社会的なコンセンサスを
得ている仕組みな訳です。
ではそういった機関のない国際外交の舞台ではどうかと言えば、「恐れ」を100%
白黒つけることは結局のところ出来ようがない。これまた前の投稿で書いたように、
査察を受け入れるという表明の陰に「第3のパターン」が存在しないことを確実に
言える人は誰もいない。すると常に相手が大量破壊兵器の開発を続けているという
グレーゾーンが存在する訳です。「恐れ」は、いつまでも「恐れ」のまま残る。
とすると残った二択は、それが「恐れ」のうちに実力で摘み取ることと、「恐れ」を
ウィルスとの安定共存関係に入った患者のように受け入れるしかない。どちらも
根本的な解決とは言い難いけど、何度も繰り返すようにそもそも根本的な解決は
あり得ないのだから、この二択で我慢するしかないですね。
で、そのどちらが望ましいかは交渉の結果として常に選べることを私は支持します。
選択肢の多い社会ほど価値があるというのが私の持論なので。「恐れ」に対して
常にヒステリックに対応するだけの社会より、また「恐れ」に対して常に鈍感な
社会より、時と場合によって(交渉の流れの中で)どちらのパターンもあり得る方が
いい。
具体的な例で言えば、どちらかが席を立つまでに、「恐れ」という微妙な関係を
清算せず、今後も維持していくという交渉が成り立てばそれでよし、一定時間の後、
まだ交渉が妥結しない場合は武力行使で恐れを清算するのもやむを得ず、です。
というと「空爆で清算できるの?」と十中八九聞かれそうなので先回りして回答(笑)。
何度も言ったけど武力行使では完全な解決は出来ません。むしろ出来るのであれば
恐れのうちに何でも空爆してしまえば済むわけで。この場合の清算とは、トランプで
「山札がなくなった」麻雀では「流局」格闘技では「第一ラウンド終了」という
状態のことであって、まだ疑惑も恐怖も続くけど、どこかで場をフラッシュして
もう一度交渉を続ける場を作り直そうという意味での「清算」です。その種の
清算行為のない交渉は、結局のところ緊張感を欠き妥結せずに終わるでしょう。
何しろいつまでも妥協せずに自らの手札で突っぱねれば良いのだから。
>しかし、それでも、ルールを守る社会と守らない社会と、どっちの方向を目指すのか、私は守るほうを目指したほうが治安がよくなると思いますし、社会制度の運用上、効率がいいと思います。
これまた何度も言うとおり、国際社会も徐々に効率の良いやり方に変わりつつ
あると思います。もっとも私は今のやり方が「ルールを守らない社会」とは思って
いなくて、単に「交渉&決裂というルール」で動いているだけだと思うけど、
それを例えば「国際司法」「国連軍」というより効率の良さそうなやり方に変える
ムーブメントは100年単位で進んでいると思います。katakurichanは1902年の状況を
知っていますか?この100年で国際社会はどれほどの脱皮をしたことでしょう?
で、きっと2102年にはkatakurichanが言うような社会になっているかもしれません。
しかし、それを明日から導入せよというなら、これまた何度も書いたように私は
無理だと思うし反対です。ドラスティックな変化はリスクが高すぎるので。
だから片方は駆け引きを相当急いでますね。まあ、それにしても駆け引きというのは
常に有限の時間の中でしか行えない訳で、どちらかが席を立つまでに交渉が妥結
しなければ失敗な訳です。アフガニスタン空爆前夜も、まだ条件闘争を続けようと
するタリバン政権に対して、アメリカは即時全面屈服を要求して席を立ちました。
今だにその件を咎める人がいるけど、個人的には交渉事の本質から言ってアメリカの
行動は当然だと思われてなりません。
>「可能性がある」と言われたら、将来のことは誰にもわかりませんから、「無い」とは言い切れないわけですよね。そういう状況を、軍事行動の理由として正当なものと考えるかどうか、個々の「そう思う」とか「思わない」とかっていう感情は感情として、それを是と考えるべきかどうか。
例えば日本の社会で隣の家人が犯罪を行っている恐れがあれば、普通は警察に
相談or通報しますよね?「恐れ」について白黒はっきりつけることを仕事とする
人がいる。そして、それは前回の投稿でも書いたように、社会的なコンセンサスを
得ている仕組みな訳です。
ではそういった機関のない国際外交の舞台ではどうかと言えば、「恐れ」を100%
白黒つけることは結局のところ出来ようがない。これまた前の投稿で書いたように、
査察を受け入れるという表明の陰に「第3のパターン」が存在しないことを確実に
言える人は誰もいない。すると常に相手が大量破壊兵器の開発を続けているという
グレーゾーンが存在する訳です。「恐れ」は、いつまでも「恐れ」のまま残る。
とすると残った二択は、それが「恐れ」のうちに実力で摘み取ることと、「恐れ」を
ウィルスとの安定共存関係に入った患者のように受け入れるしかない。どちらも
根本的な解決とは言い難いけど、何度も繰り返すようにそもそも根本的な解決は
あり得ないのだから、この二択で我慢するしかないですね。
で、そのどちらが望ましいかは交渉の結果として常に選べることを私は支持します。
選択肢の多い社会ほど価値があるというのが私の持論なので。「恐れ」に対して
常にヒステリックに対応するだけの社会より、また「恐れ」に対して常に鈍感な
社会より、時と場合によって(交渉の流れの中で)どちらのパターンもあり得る方が
いい。
具体的な例で言えば、どちらかが席を立つまでに、「恐れ」という微妙な関係を
清算せず、今後も維持していくという交渉が成り立てばそれでよし、一定時間の後、
まだ交渉が妥結しない場合は武力行使で恐れを清算するのもやむを得ず、です。
というと「空爆で清算できるの?」と十中八九聞かれそうなので先回りして回答(笑)。
何度も言ったけど武力行使では完全な解決は出来ません。むしろ出来るのであれば
恐れのうちに何でも空爆してしまえば済むわけで。この場合の清算とは、トランプで
「山札がなくなった」麻雀では「流局」格闘技では「第一ラウンド終了」という
状態のことであって、まだ疑惑も恐怖も続くけど、どこかで場をフラッシュして
もう一度交渉を続ける場を作り直そうという意味での「清算」です。その種の
清算行為のない交渉は、結局のところ緊張感を欠き妥結せずに終わるでしょう。
何しろいつまでも妥協せずに自らの手札で突っぱねれば良いのだから。
>しかし、それでも、ルールを守る社会と守らない社会と、どっちの方向を目指すのか、私は守るほうを目指したほうが治安がよくなると思いますし、社会制度の運用上、効率がいいと思います。
これまた何度も言うとおり、国際社会も徐々に効率の良いやり方に変わりつつ
あると思います。もっとも私は今のやり方が「ルールを守らない社会」とは思って
いなくて、単に「交渉&決裂というルール」で動いているだけだと思うけど、
それを例えば「国際司法」「国連軍」というより効率の良さそうなやり方に変える
ムーブメントは100年単位で進んでいると思います。katakurichanは1902年の状況を
知っていますか?この100年で国際社会はどれほどの脱皮をしたことでしょう?
で、きっと2102年にはkatakurichanが言うような社会になっているかもしれません。
しかし、それを明日から導入せよというなら、これまた何度も書いたように私は
無理だと思うし反対です。ドラスティックな変化はリスクが高すぎるので。
これは メッセージ 148115 (katakurichan2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/148124.html