パレスチナの悲鳴 (下)Ⅱ
投稿者: arisugawahiro_0 投稿日時: 2002/04/30 10:47 投稿番号: [141178 / 177456]
戦火の自治区から
東京新聞4月30日
武力紛争は、この村でも無縁ではない。「もう四人の若者が『シャヒード(殉教者)』になった。彼らは英雄だよ」と話すのは、村で雑貨店を営むオマル・カーディさん(46)だ。自治区ラマラの作家組合に所属、これまでパン職人の物語など子ども向けの本を二冊書いているという村のインテリでもある。
物語を話すように、「二十歳のハミッドは一年前、ハザラの爆弾攻撃で、三十歳のイヤード、二十歳のジャマールとアリは昨年十一月にナブルスで戦って死んだ」と若者一人ひとりの名前を挙げた。
■数日ごとに夜間 軍が警戒、緊張
戦いに身を投じる若者が出たことで、この村にもイスラエル軍が来た。「最初は三カ月前の冬だった。五台の車で約五十人の兵士が来た。十五歳から五十歳の男が寒いなか全員広場に集められ取り調べを受けた。三十人が刑務所に連れて行かれたよ」と話す。今でも数日に一度、夜間に軍が警戒活動し緊張が続く。
オマルさんは三年前、自由を求める意味を込めてエルサレムのイスラム教の聖地「岩のドーム」に血塗られたパレスチナ旗をコラージュしたポスターを、千部自作して配った。
三人の息子を持つ父でもある。「日本の侍は勇敢だし、(特攻隊で出撃した)ゼロ戦の兵士は命をささげた。アラファト大統領(議長)も食い物がないなか戦っている。インティファーダは私たちの未来のためだ。百万人のシャヒードがでてもかまわない。自由のためなら私と息子の命も惜しくない」と力を込める。
自治区ラマラで建設関係の技師をしていたという男性(50)は、臨時診療所にほど近い喫茶店脇の路肩に腰掛け、通りを見つめていた。妻と娘二人と暮らすが、二十五日間にわたり外出禁止令が出ている上に、半年前に仕事を失い、収入も途切れてしまった。
■「なぜこんな…」訴える怒りの目
さらに「日本が外国から攻撃されたら、許されないだろ。それは独立国だからさ。われわれも独立したいんだ。今のパレスチナで、自分の子どもにどんな未来があると言えるんだい」とため息をつく。
強い日差しが降り注ぐ通りを一緒に見ていた記者に、男性はパレスチナ人への感想を聞いてきた。「私たちは世界のほかの人たちと何か違うかい」。なぜこんな目に遭わなくてはならないのか。その思いが見開いた目から伝わってきた。
思いを一通り語った後、左手に持ったたばこにゆっくり火をつけ、味わうようにポツリとこう言った。
「パレスチナ人千人が殺され、千人が指名手配され、千人が刑務所だ。だがだれが死にたいものか。みんな人生を愛している。ただイスラエルと同じ自由がほしいだけなのに」
■届かぬ独立の願い
「いつもは朝六時に家を出て、夜十時に帰ってくる生活だった。今何して過ごしてるかって? 通りを見ながらコーヒー飲んで、雑談してカードをするぐらいしかないよ。この村で採れるオリーブは高品質でね、有名なオリーブオイルができる。でも農作業もまともにできない」と苦笑する。
村の中心地には古い石造りの建物が今でも残っている。「三千年前から祖先が代々住んできた。われわれもここで生まれ育った。それはイスラエルができるよりずっと前だ」と正当性を主張し、住んでいた土地から突然武力で追われる怒りを訴えた。
「人殺しはよくないが、例えば日本で人を殺してもテロリストとは呼ばれないだろ。でも、ここでは自由の戦士がそう呼ばれる。独立や民衆のための戦いなのに、なぜテロリストなんだ。国連は目を閉じて真実を見ようとしない」と憤る。日焼けした顔を記者に近づけ、語気を強めた。
(パレスチナ自治区ディールイスティア村で、鈴木穣。)
武力紛争は、この村でも無縁ではない。「もう四人の若者が『シャヒード(殉教者)』になった。彼らは英雄だよ」と話すのは、村で雑貨店を営むオマル・カーディさん(46)だ。自治区ラマラの作家組合に所属、これまでパン職人の物語など子ども向けの本を二冊書いているという村のインテリでもある。
物語を話すように、「二十歳のハミッドは一年前、ハザラの爆弾攻撃で、三十歳のイヤード、二十歳のジャマールとアリは昨年十一月にナブルスで戦って死んだ」と若者一人ひとりの名前を挙げた。
■数日ごとに夜間 軍が警戒、緊張
戦いに身を投じる若者が出たことで、この村にもイスラエル軍が来た。「最初は三カ月前の冬だった。五台の車で約五十人の兵士が来た。十五歳から五十歳の男が寒いなか全員広場に集められ取り調べを受けた。三十人が刑務所に連れて行かれたよ」と話す。今でも数日に一度、夜間に軍が警戒活動し緊張が続く。
オマルさんは三年前、自由を求める意味を込めてエルサレムのイスラム教の聖地「岩のドーム」に血塗られたパレスチナ旗をコラージュしたポスターを、千部自作して配った。
三人の息子を持つ父でもある。「日本の侍は勇敢だし、(特攻隊で出撃した)ゼロ戦の兵士は命をささげた。アラファト大統領(議長)も食い物がないなか戦っている。インティファーダは私たちの未来のためだ。百万人のシャヒードがでてもかまわない。自由のためなら私と息子の命も惜しくない」と力を込める。
自治区ラマラで建設関係の技師をしていたという男性(50)は、臨時診療所にほど近い喫茶店脇の路肩に腰掛け、通りを見つめていた。妻と娘二人と暮らすが、二十五日間にわたり外出禁止令が出ている上に、半年前に仕事を失い、収入も途切れてしまった。
■「なぜこんな…」訴える怒りの目
さらに「日本が外国から攻撃されたら、許されないだろ。それは独立国だからさ。われわれも独立したいんだ。今のパレスチナで、自分の子どもにどんな未来があると言えるんだい」とため息をつく。
強い日差しが降り注ぐ通りを一緒に見ていた記者に、男性はパレスチナ人への感想を聞いてきた。「私たちは世界のほかの人たちと何か違うかい」。なぜこんな目に遭わなくてはならないのか。その思いが見開いた目から伝わってきた。
思いを一通り語った後、左手に持ったたばこにゆっくり火をつけ、味わうようにポツリとこう言った。
「パレスチナ人千人が殺され、千人が指名手配され、千人が刑務所だ。だがだれが死にたいものか。みんな人生を愛している。ただイスラエルと同じ自由がほしいだけなのに」
■届かぬ独立の願い
「いつもは朝六時に家を出て、夜十時に帰ってくる生活だった。今何して過ごしてるかって? 通りを見ながらコーヒー飲んで、雑談してカードをするぐらいしかないよ。この村で採れるオリーブは高品質でね、有名なオリーブオイルができる。でも農作業もまともにできない」と苦笑する。
村の中心地には古い石造りの建物が今でも残っている。「三千年前から祖先が代々住んできた。われわれもここで生まれ育った。それはイスラエルができるよりずっと前だ」と正当性を主張し、住んでいた土地から突然武力で追われる怒りを訴えた。
「人殺しはよくないが、例えば日本で人を殺してもテロリストとは呼ばれないだろ。でも、ここでは自由の戦士がそう呼ばれる。独立や民衆のための戦いなのに、なぜテロリストなんだ。国連は目を閉じて真実を見ようとしない」と憤る。日焼けした顔を記者に近づけ、語気を強めた。
(パレスチナ自治区ディールイスティア村で、鈴木穣。)
これは メッセージ 141177 (arisugawahiro_0 さん)への返信です.
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