nuketusetus さんへ
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2002/04/18 19:25 投稿番号: [140539 / 177456]
>古代ローマ帝国の時代、ユダヤ人は彼らにとっての
>「アメリカ」がなくとも度々強大なローマ帝国に対し反旗を
>翻した民族です。仮にアメリカ(および西側諸国)がイスラエルに
>対し軍事的支援を与えなければ、イスラエルがなんでも
>武力行使で解決する国家にならなかったという見方には疑問があります
古代ローマ帝国と戦ったイスラエル人と今のイスラエル人との間に、
直接のつながりがあるとは思えません。今のイスラエル人は、さまざまな
国からやってきた寄せ集めですし…
また、本来戦闘を好む果敢な民族であったとしても、現実の条件が整わなければ
士気はからまわりし、猪武者は死ぬばかりでしょうから、やがて士気も阻喪するでしょう。
nuketusetus さんは現実主義的なものの考え方を好み、精神主義的な考え方を嫌う方だと思いましたが…
1967年の第3次中東戦争の勝利は、イスラエルのシオニストをより強硬派に
するのに寄与したと思われます。
アメリカの武器援助が期待できなければ、イスラエルは柔軟路線をとらざるを
えなかったとやはり思います。第3次中東戦争の後、フランスは武器をイスラエルに
売ることを止めましたが、変わってアメリカが、武器をイスラエルに与えました。
>16世紀から19世紀までの中南米の歴史を見れば、この地域の人たちが
>欧米諸国に対してどうしてイスラム諸国の人たちが抱くのと同程度に
>不信感を持たないのか不思議に思いますし、インドもアジアも
>オセアニアにも同じことが言えます。
中南米諸国の人たちが親米的、親欧的かは疑問符だと思います。かの地にも
かなり過激な反米ゲリラはいたと思いますし、フォークランド紛争の記憶が
それほどまだ過去のものとなっていないアルゼンチンは、イギリスに対して
良い感情を持っているとはとても思えません。
インドやその他のアジアもそれほど親米的だとは思えませんし…
日本の親米度が高いのが異常なのでは?(笑)
ただ、イスラム圏が欧州に近く、政治的干渉を受けることが非常に多かった
だろうことは想像に難くないと思われます。
日本が朝鮮の方や一部中国の方などに評判が悪いのと通じるものがあるのでは?
>では開戦前の戦力配置はどうだったかと言えば、イスラエルとシリア・エジプト
>の戦力比は数にして約10倍、兵器の質でも今ほどの歴然とした差はありません。
>ちなみにこの戦争の火蓋はアラブ軍が先に切って落とし(しかもユダヤ教の祝日
>ヨム・キプールの日を狙って奇襲攻撃をかけ)たものであって、
第3次中東戦争の結果得た占領地をイスラエルは、度々の国連の批難決議にも
かかわらず手放しませんでした。エジプトがスエズ運河とシナイ半島を、
シリアがゴラン高原をそれぞれ武力で取り返そうとしたことは正当性があると思われます。
このとき、アラブ側にとって最終的に不利な戦況になってしまったのは、
“偶然”などではなく、相応の理由があると思われます。
一つには、サダト大統領の軍事参謀としてのセンスのなさ。
緒戦において、イスラエル側は痛い敗北を喫しましたが、その後の対応は
さすがに鍛えられた戦闘国家という感じがいたします。
緒戦に勝利したエジプト軍が、運河近辺にとどまらず、一気に休むことなく
イスラエルに攻め込み、ゴラン高原の同盟国シリア軍を孤立させなければ、
どのような展開になったかちょっとわからないところはあったでしょう。
第二に、イスラエルに泣きつかれた、アメリカが強力な軍事援助に踏み切ったのが
イスラエルの緒戦の失敗による劣勢をはね返すのに決定的役割を果たしました。
サウジを始めとする、アラブ諸国が、このアメリカの軍事援助に反発して、石油戦略を
発動したのは当然の帰結だったでしょう。
>アメリカが拒否権を使わずとも、この戦争に関してだけを見れば
>安全保障理事会でイスラエルが一方的に非難されるということには
>ならなかったかと思います。
アメリカの拒否権で、アラブはずいぶん憤怒を味あわせられてますし、
そういった経緯から、国連を全面的に信頼してはいないと思われますけれど、
この第4次中東戦争に限って言えば、アメリカが拒否権を行使する場面はなかった
かもしれませんね。
>「アメリカ」がなくとも度々強大なローマ帝国に対し反旗を
>翻した民族です。仮にアメリカ(および西側諸国)がイスラエルに
>対し軍事的支援を与えなければ、イスラエルがなんでも
>武力行使で解決する国家にならなかったという見方には疑問があります
古代ローマ帝国と戦ったイスラエル人と今のイスラエル人との間に、
直接のつながりがあるとは思えません。今のイスラエル人は、さまざまな
国からやってきた寄せ集めですし…
また、本来戦闘を好む果敢な民族であったとしても、現実の条件が整わなければ
士気はからまわりし、猪武者は死ぬばかりでしょうから、やがて士気も阻喪するでしょう。
nuketusetus さんは現実主義的なものの考え方を好み、精神主義的な考え方を嫌う方だと思いましたが…
1967年の第3次中東戦争の勝利は、イスラエルのシオニストをより強硬派に
するのに寄与したと思われます。
アメリカの武器援助が期待できなければ、イスラエルは柔軟路線をとらざるを
えなかったとやはり思います。第3次中東戦争の後、フランスは武器をイスラエルに
売ることを止めましたが、変わってアメリカが、武器をイスラエルに与えました。
>16世紀から19世紀までの中南米の歴史を見れば、この地域の人たちが
>欧米諸国に対してどうしてイスラム諸国の人たちが抱くのと同程度に
>不信感を持たないのか不思議に思いますし、インドもアジアも
>オセアニアにも同じことが言えます。
中南米諸国の人たちが親米的、親欧的かは疑問符だと思います。かの地にも
かなり過激な反米ゲリラはいたと思いますし、フォークランド紛争の記憶が
それほどまだ過去のものとなっていないアルゼンチンは、イギリスに対して
良い感情を持っているとはとても思えません。
インドやその他のアジアもそれほど親米的だとは思えませんし…
日本の親米度が高いのが異常なのでは?(笑)
ただ、イスラム圏が欧州に近く、政治的干渉を受けることが非常に多かった
だろうことは想像に難くないと思われます。
日本が朝鮮の方や一部中国の方などに評判が悪いのと通じるものがあるのでは?
>では開戦前の戦力配置はどうだったかと言えば、イスラエルとシリア・エジプト
>の戦力比は数にして約10倍、兵器の質でも今ほどの歴然とした差はありません。
>ちなみにこの戦争の火蓋はアラブ軍が先に切って落とし(しかもユダヤ教の祝日
>ヨム・キプールの日を狙って奇襲攻撃をかけ)たものであって、
第3次中東戦争の結果得た占領地をイスラエルは、度々の国連の批難決議にも
かかわらず手放しませんでした。エジプトがスエズ運河とシナイ半島を、
シリアがゴラン高原をそれぞれ武力で取り返そうとしたことは正当性があると思われます。
このとき、アラブ側にとって最終的に不利な戦況になってしまったのは、
“偶然”などではなく、相応の理由があると思われます。
一つには、サダト大統領の軍事参謀としてのセンスのなさ。
緒戦において、イスラエル側は痛い敗北を喫しましたが、その後の対応は
さすがに鍛えられた戦闘国家という感じがいたします。
緒戦に勝利したエジプト軍が、運河近辺にとどまらず、一気に休むことなく
イスラエルに攻め込み、ゴラン高原の同盟国シリア軍を孤立させなければ、
どのような展開になったかちょっとわからないところはあったでしょう。
第二に、イスラエルに泣きつかれた、アメリカが強力な軍事援助に踏み切ったのが
イスラエルの緒戦の失敗による劣勢をはね返すのに決定的役割を果たしました。
サウジを始めとする、アラブ諸国が、このアメリカの軍事援助に反発して、石油戦略を
発動したのは当然の帰結だったでしょう。
>アメリカが拒否権を使わずとも、この戦争に関してだけを見れば
>安全保障理事会でイスラエルが一方的に非難されるということには
>ならなかったかと思います。
アメリカの拒否権で、アラブはずいぶん憤怒を味あわせられてますし、
そういった経緯から、国連を全面的に信頼してはいないと思われますけれど、
この第4次中東戦争に限って言えば、アメリカが拒否権を行使する場面はなかった
かもしれませんね。
これは メッセージ 140471 (nuketusetus さん)への返信です.
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