>kisimenjpさん liberty_arrow (2)
投稿者: liberty_arrow 投稿日時: 2002/01/23 01:38 投稿番号: [131774 / 177456]
>>その結果の中に個人が丸ごと埋没して
>ここが私も常に悩むところです。
>個人の生活のレベルで政治家を選べばと、思った時期もあります。
>しかしそれが国全体として適切な判断になるか?
>国政を預かる権力としての政治家が個人の望みどおりに
>政策を作り遂行したならその結果は決して全体の利益に
>適うはずがありません。
>こと戦争に向かう危険な時期では、どのような判断基準を持つべきか
>改めて率直なご意見をいただけましたら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この部分は私が個人という言葉を使ったので、誤解を与えているようです。
個人が人生の岐路に直面したとき、AとBの選択肢があったとしましょう。
Aの方が良いという考えも持っていたが、結局Bを選び、20年ほどしてから
それが間違いであったとわかっても、20年前に考えたAが良いという考えは
何も評価されることなく、Bが良いという考えのとった行動の結果の中に埋没
していくという意味で申しあげました。例えば、崖を歩いているとき片足が道
を踏み外せばもう一方も運命を共にするという意味です。
我々が運命共同体になっていることの例えとして述べたまでです。
しかし、一応、述べられたことに応えておきます。
個人の生活レベルで政治家を選ぶような人は政治家にはなり得ませんから
ご安心なさってよいと思います。
しかし、少なからぬ人々がそのような次元で選挙に臨むのも事実でしょう。
それも最大多数の最大幸福という言葉が示すように国民の声を政治に反映
させていることにはなると思います。
戦争に向かう危険な時期ではどのような判断基準を持つべきかという問いですが、
厳密に、慎重に申し上げるなら、「絶対的な判断基準はない」というのが
私の見解です。強いてあげれば、「自由と平和を保つための最良の選択」という
ことになりますが、これは盲目的な平和主義を意味するものではありません。
これは メッセージ 131423 (kisimenjp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/131774.html