暴力論ではないですが・・・(2)
投稿者: gegendenkrieg 投稿日時: 2001/11/01 02:48 投稿番号: [109872 / 177456]
続き
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こうして、集団的な情熱が、戦争への衝動へと引き寄せられるのは、避けられないことだった。まるでモービーディックを追うエイハブ船長を思い出させるすさまじさだ。帝国の権力が自国の領土ではじめて襲撃を受けて傷を負い、はっきりとした境界もなく、目にみえる相手もいない状態で、紛争の地理的な状況が急変したというのに、自国の利益をひたすら負い続けているのである。将来にどのような影響があるかについては、善と悪とのマニ教的なシンボルと、黙示録的なシナリオが無造作に口にされるようになり、レトリックを過剰に利用することを抑制しようとするたしなみなどは、かなぐり捨てられてしまった。
いま必要なのは、この状況を理性的に理解することであり、太鼓をたたいて人々の戦意を高揚させることなどではない。ところがジョージ・ブッシュとそのチームが望んでいるのは、理性的な理解ではなく、太鼓をたたくことなのは明らかだ。しかしイスラムとアラブ世界のほとんどの人々にとっては、米国政府とは傲慢な権力の代名詞である。そしてイスラエルだけでなく、アラブの多数の抑圧的な体制をひとりよがりに気前よく支援することで有名である。ほんとうに悲嘆にくれている人々や非宗教的な運動との対話の可能性があるのに、そのことに注意も払わない国である。
この状況では反米感情が生まれるのは、現代世界を憎むためでも、先進的な技術を羨望するためでもない。アメリカの具体的な介入と、現実の場での収奪についての人々の物語から、反米感情が生まれるのである。現実にイラクの国民はアメリカが課している経済制裁に苦しんでいるし、イスラエルが34年もの間、パレスチナ領土を占領していることに、アメリカは支援を与えているのである。
イスラエルは現在、パレスチナの軍事占領と抑圧を強化することで、アメリカの災厄を利用するという冷笑的な姿勢を示している。しかし米国の政治的なレトリックは、「テロリズム」や「自由」などという言葉を振りまくことで、この事実を隠蔽している。もちろんこれほど抽象的な概念を使うことで、さもしい物質的な利益への関心がほとんど覆い隠されてしまう−−石油産業、国防産業、シオニスト運動のロビー団体はいまや、中東全体への支配を強化しており、「イスラム」に対するむかしからの宗教的な敵対心が、そしてイスラムへの無知が、毎日のように新しい形で生まれ直している。
しかし知識人は現実をもっと批判的に受け止める責任がある。これまでももちろんテロルはあったのだし、近代のある段階からは、なにかを求めて苦闘する運動は、ほとんどつねにテロを利用した。南アフリカのマンデラのANCだってそうだし、シオニズムなどの他のすべての運動にもあてはまることだ。そしてF16戦闘機と攻撃ヘリを使って無抵抗の市民に爆撃を加えるというイスラエルの行動は、伝統的な愛国主義者のテロと同じ構造と効果をそなえているのである。
テロのまずいところは、宗教的あるいは政治的な抽象と、単純化する神話と結びつと、歴史と常識からは遠ざかってしまうことだ。アメリカ合衆国であるか、中東であるかを問わず、宗教的でない世俗のものの見方が、ここでとくに必要となる。いかなる大義によっても、いかなる神によっても、いかなる抽象的な理念によって、無辜の民を大量に殺戮することを正当化することはできない ---- -とりわけ、少数の人々がこうした行動に走り、現実には大義を実現する権限がないのに、大義を代表すると考える場合には。
さらに、ムスリムについての議論が明らかにしてきたように、単一のイスラムというものは存在しない。複数のアメリカがあるように、複数のイスラムがある。いかなる伝統でも、宗教でも、国家でも、かならず多様性が存在してきた。たとえその支持者たちが、境界を確立し、自分たちの信条を明確に定めようと努力しても、結局はむだなのである。デマゴーグたちが考えるよりも、歴史ははるかに複雑で矛盾したものである。そしてデマゴーグの支持者や反対者が考えるよりも、デマゴーグたちは歴史を代表してなどはいないのである。
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こうして、集団的な情熱が、戦争への衝動へと引き寄せられるのは、避けられないことだった。まるでモービーディックを追うエイハブ船長を思い出させるすさまじさだ。帝国の権力が自国の領土ではじめて襲撃を受けて傷を負い、はっきりとした境界もなく、目にみえる相手もいない状態で、紛争の地理的な状況が急変したというのに、自国の利益をひたすら負い続けているのである。将来にどのような影響があるかについては、善と悪とのマニ教的なシンボルと、黙示録的なシナリオが無造作に口にされるようになり、レトリックを過剰に利用することを抑制しようとするたしなみなどは、かなぐり捨てられてしまった。
いま必要なのは、この状況を理性的に理解することであり、太鼓をたたいて人々の戦意を高揚させることなどではない。ところがジョージ・ブッシュとそのチームが望んでいるのは、理性的な理解ではなく、太鼓をたたくことなのは明らかだ。しかしイスラムとアラブ世界のほとんどの人々にとっては、米国政府とは傲慢な権力の代名詞である。そしてイスラエルだけでなく、アラブの多数の抑圧的な体制をひとりよがりに気前よく支援することで有名である。ほんとうに悲嘆にくれている人々や非宗教的な運動との対話の可能性があるのに、そのことに注意も払わない国である。
この状況では反米感情が生まれるのは、現代世界を憎むためでも、先進的な技術を羨望するためでもない。アメリカの具体的な介入と、現実の場での収奪についての人々の物語から、反米感情が生まれるのである。現実にイラクの国民はアメリカが課している経済制裁に苦しんでいるし、イスラエルが34年もの間、パレスチナ領土を占領していることに、アメリカは支援を与えているのである。
イスラエルは現在、パレスチナの軍事占領と抑圧を強化することで、アメリカの災厄を利用するという冷笑的な姿勢を示している。しかし米国の政治的なレトリックは、「テロリズム」や「自由」などという言葉を振りまくことで、この事実を隠蔽している。もちろんこれほど抽象的な概念を使うことで、さもしい物質的な利益への関心がほとんど覆い隠されてしまう−−石油産業、国防産業、シオニスト運動のロビー団体はいまや、中東全体への支配を強化しており、「イスラム」に対するむかしからの宗教的な敵対心が、そしてイスラムへの無知が、毎日のように新しい形で生まれ直している。
しかし知識人は現実をもっと批判的に受け止める責任がある。これまでももちろんテロルはあったのだし、近代のある段階からは、なにかを求めて苦闘する運動は、ほとんどつねにテロを利用した。南アフリカのマンデラのANCだってそうだし、シオニズムなどの他のすべての運動にもあてはまることだ。そしてF16戦闘機と攻撃ヘリを使って無抵抗の市民に爆撃を加えるというイスラエルの行動は、伝統的な愛国主義者のテロと同じ構造と効果をそなえているのである。
テロのまずいところは、宗教的あるいは政治的な抽象と、単純化する神話と結びつと、歴史と常識からは遠ざかってしまうことだ。アメリカ合衆国であるか、中東であるかを問わず、宗教的でない世俗のものの見方が、ここでとくに必要となる。いかなる大義によっても、いかなる神によっても、いかなる抽象的な理念によって、無辜の民を大量に殺戮することを正当化することはできない ---- -とりわけ、少数の人々がこうした行動に走り、現実には大義を実現する権限がないのに、大義を代表すると考える場合には。
さらに、ムスリムについての議論が明らかにしてきたように、単一のイスラムというものは存在しない。複数のアメリカがあるように、複数のイスラムがある。いかなる伝統でも、宗教でも、国家でも、かならず多様性が存在してきた。たとえその支持者たちが、境界を確立し、自分たちの信条を明確に定めようと努力しても、結局はむだなのである。デマゴーグたちが考えるよりも、歴史ははるかに複雑で矛盾したものである。そしてデマゴーグの支持者や反対者が考えるよりも、デマゴーグたちは歴史を代表してなどはいないのである。
これは メッセージ 109738 (chao_zoo さん)への返信です.
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