イスラエル/パレスチナ和平

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別に貴方が悪い訳ではないんです。

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/17 19:14 投稿番号: [2440 / 20008]
>宗教を知ることがその国の人を知ることだと思ったんだけど、
ちょっと脱線してしまったのかな。

  kazetokomorebiさんの過去の書き込みを少し遡って読ませて頂きましたが、
「ノーベル賞」や「自爆テロ」など、貴方の関心の方向性が間違っているとは何も思っていません。私もユダヤ教・イスラム教双方の教義の基礎も知らずに、この問題を論じられるとは思っておりません。
  しかし、ご覧下さい。昨年12月下旬からここ数日前にかけて、jjiiiijjなる歴史オタクと貴方の質問だけでこのスレッドは満杯状態です。しかも内容は、旧約がどうの、欧州の中世ではどうの、って、ちょっと場違いだとご自分でも気付かれたことでしょう?
  彼は少しアレが入っていますんで、一度質問すると、そのままこっちの空気も読まずにズルズルズルズルと自分の薀蓄を際限なく書き込み始めるだけです。
適当なところで見切りをつけて突き放すのが宜しいかと思われます。そうでないとまたスレッドが奴のゴミ箱と貸してしまいます。
  この辺りで仕切り直しということで、もう一度本来のテーマに立ち返って議論を始めませんか。そうすれば、jjiiiijjのお陰で引いていってしまった論客たちもこのスレッドに帰ってきて頂けるものと信じています。

この大馬鹿ものぉ!

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/17 19:13 投稿番号: [2439 / 20008]
私が私に絡むなと言ったのが未だ解らんのか。

おまえが振り上げた拳はお前しか降ろすことが出来ない。
そんな事では彼のイスラエル/パレスチナ和平など語る資格など、今のお前には全く無いのだ。

今のおまえの境地が戦争を巻き起こすのだ。

みっともないからもう絡むの止めろ!

ロハにするからもう絡むの止めてみろ。

またそうやって逃げてばかりジャン!

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/17 17:39 投稿番号: [2438 / 20008]
【課題】やりなよ。
煽ってばかりいないでサ。

Re:解んねぇよ!>ド阿呆!

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/17 16:38 投稿番号: [2437 / 20008]
おまえは最初から自分の権利を放棄して私に殴りかかって来のも同然だから私に対しては何を言っても受け付けられないのだ。
社会に対応できないとはのはおまえのこだ。
いや、戦争する社会なら順応するかもしれないが。

もう絡むなよ、ド阿呆。

解んねぇよ!

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/17 16:20 投稿番号: [2436 / 20008]
>>『先ずは己の既成概念を疑ってかかる事からだ』って発言に集約する。

っていわれてもねぇ〜。
あんたと違って歴史オタクでも無い俺はあんたが重箱の隅をつついてシコシコ書き写している歴史資料を読んだところで全く理解できないんですけど。

>他人とはおまえの分身では無いのだ。

っていうあんたの言葉をそのまま返しとくよ。
まあ、自分の土俵でしか相撲が取れないんだと思うけど。

>他人もおまえが想像する様なレスポンスを返すとは限らない。

だからといって、「他人」が理解できないような論理を展開して、「俺様のほうがお前らよりも賢いのダ〜」ってふんぞり返られてもねぇ〜。
あんたさぁ、こんたとこでシコシコ書き込みしているだけで、皆がいる人前で議論したことなんかないんじゃないの?
本はたくさん読んでるみたいだけど、本は所詮人間が書いたものだし、書かれた内容っていうのは人間の頭の中にあるもんなんだよ。
もっと外に出て人間に接しないと、社会に対応できなくなるよ。
PCに向かって「オハヨウ」とか「お休み」とか言ってんじゃねぇだろうな、まさか?

>おまえの様な輩と私は決して議論などには至らない。

要するに逃げるって訳ね。
はいお疲れ様でした。
オナニーも腕が疲れるだろ?

kazetokomorebiさん

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/17 14:25 投稿番号: [2435 / 20008]
>宗教を知ることがその国の人を知ることだと思ったんだけど、

私もそう思う。
でもそれでミイラ採りがミイラに成らないようにね。(^^;

>ちょっと脱線してしまったのかな。

そんな事はないと思うんだけどねぇ。
まっ、色々あら〜な。

>何で?

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/17 14:12 投稿番号: [2434 / 20008]
>何で?

それはおまえの以下の発言は私をいきなり侮辱しているし

メッセージ番号:2421
>そもそも現在の問題がいつ、どのようにして始まったのかを考えれば、
>あんたがグダグダ書いていることは、サルのオナ〇ーよりも虚しい。

メッセージ番号:2417
>調子こいてトピと関係ない薀蓄たれてんじゃねぇよ!
>別の板でやれ!シッ!シッ!

ただこの様な言いがかりつける輩をよく拝見するので
私としては

>何時何処で始まったと考えておりますか?
>自分の考えを先ず述べてから他人に絡みなさい。

そうすれば侮辱発言は寛容に見過ごすつもりでレスポンスしているにもかかわらず
おまえは

>今度はあんたの番だな。

なんて言い返す立場をとる
鼻ッからおまえの立場など無いにもかかわらず、それが判らんのか。

更に、未だに返信文中で私に対する侮辱を重ねながら

>【結論】この政治的シオニズムに促されたユダヤ人のパレスチナへの移住
>が始まる19世紀末〜20世紀初頭に到るまで、パレスチナの地では、アラブ
>人もユダヤ人も何世代にも渡って平和に共存していた。
>即ちこのことは、この政治的シオニズムの誕生以前には、そもそも「パレ
>スチナ問題」なるものが存在していなかったことを明確に示している。

などという単なる社会現象に起源していることとして、テスト問題の回答をするかの様に結論としているので
私は呆れて

>上っ面だけ整えて綺麗ごと語っていた方が長生きできるでしょう。

と暗示したのだ。

おまえの見解とやらにたいするレスポンスは

>9.11を境に以前から気になっていた1806年、オッペンハイマー、フランクフルトのマイヤーに関して書いてみようと思ったわけだ
>『先ずは己の既成概念を疑ってかかる事からだ』って発言に集約する。

がそれだ。

他人とはおまえの分身では無いのだ。
おまえがその様だからといって、他人もおまえが想像する様なレスポンスを返すとは限らない。

おまえの様な輩と私は決して議論などには至らない。
他の仲良しちゃんとしてろ。
今後は、私に絡むで無いぞ、解ったな。

あれぇ?そうやって逃げるんだ

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/17 13:00 投稿番号: [2433 / 20008]
>今回のshort-circuitではこちらはその義務を感じない。

何で?しかも俺の見解に関するレスポンスも無し。そしてまた例の如く訳のわからない「私だけが知っている」オタク的歴史の世界に舞い戻る。それって傍から見てる人には、議論から逃げてるって思われるぜ。
所詮、中世欧州史のオタクなんてこんなもんかよ?マジになった自分がアホらしくなってきたね。

Re:あんた、それにしても言葉遣い悪いね。

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/17 01:21 投稿番号: [2432 / 20008]
海育ちでねぇ、若衆相手にいちいち丁寧言葉つかってられねって本音が出てるかも。(^^;;;

>やったぞ。さて今度はあんたの番だな。
今回のshort-circuitではこちらはその義務を感じない。
あんたには明らかにその義務はあった。

ましかし、1、2、に対しては;
9.11を境に以前から気になっていた1806年、オッペンハイマー、フランクフルトのマイヤーに関して書いてみようと思ったわけだ、死ぬ気でな。

『先ずは己の既成概念を疑ってかかる事からだ』って発言に集約する。
メッセージ番号
1707
1720
1762
1958
2355
辺りに顕著に表れているだろう。

最近では米国、英国、仏蘭西、加奈陀、独国から毎週のように封筒が届くようになった。
中には『貴方は800万円当たりました、即レスポンスするように!』なんてのも含めて。(笑
まぁここの書き込みが影響してるとは考え難い(内外で人格複数持ってるもので)が、上っ面だけ整えて綺麗ごと語っていた方が長生きできるでしょう。

御饅頭のおかげで英国の12支族捜しまでに至ったが、『de Ros』が出てきて満足だった。
イベリアからグルジアのワインに当たったことは新鮮に感じたぉ。
ガラス工芸美術にしてもそうなんだが、奴らは古代から技術の略奪をした後、現地を痛めつけるんだ。

jjiiiijjさん

投稿者: seventreejp 投稿日時: 2002/01/16 23:42 投稿番号: [2431 / 20008]
ご迷惑をかけてしまったような気がするのですが、申し訳ありません。
kazetokomorebiです。
宗教を知ることがその国の人を知ることだと思ったんだけど、
ちょっと脱線してしまったのかな。
でも、親切にいろいろ教えて頂いてありがたかったです。

お帰んなさ〜イ!!!

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/16 22:39 投稿番号: [2430 / 20008]
あなたのようなまともな議論のできる方のお帰りをお待ちしておりました。

一緒にこのスレッドの健全な活性化を図りましょう!

現在の中東問題の根源って

投稿者: nervcente 投稿日時: 2002/01/16 22:15 投稿番号: [2429 / 20008]
現在のイスラエルパレスティナ問題を解決困難にしているのは、頑迷なユダヤ教徒アメリカンの行動であはないかと私は考えている。
ではなぜイスラエルのシオニストをなんでもかんでも支持する頑迷なユダヤ教徒アメリカンが生まれるのか。
昔私はアメリカ文明についてのレポートを書かされ、その中でいろいろと考えさせられたのだが、一般のアメリカ人は海外事情にきわめて無知である。彼らの少年期に受けている歴史社会教育は自文化中心主義的な内容で、ほとんど終始していた。
おまけに大陸国家で外国と付き合う必要なく国家としての壮年期を迎え、海外に乗り出したときはすでに圧倒的な強国だった。
この中で夜郎自大なアメリカ人のメンタリティーが作られている。
ユダヤ教徒といえども彼らはアメリカ人である。アメリカ人としての自分か中心主義を身に付けており、パレスティナ人のことを思いやる心性にかけている。ゆえに公正な和平策を支持することをせず、横暴なイスラエルの政策をバックアップしようとするのである。

あんた、それにしても言葉遣い悪いね。

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/16 17:49 投稿番号: [2428 / 20008]
【問題その1】パレスチナ・イスラエル闘争は何故始まったか。

【解答その1】政治的シオニズムによって、自分たちの「国家」を建設しようとしていたユダヤ人が、欧米の帝国主義の尖兵として、またナチスドイツによるホロコーストの被害者として大挙して、アラブ人の住むパレスチナの地にやってきたことに由来する。

【問題その2】では、政治的シオニズムはいつ始まったか。

【解答その2】東欧・ロシアでのポグロムを受けてユダヤ「民族」の将来に危機感を持ったハンガリー出身のジャーナリスト、テオドール=ヘルツルが、1896年に『ユダヤ人国家』を著し、世界に警鐘を鳴らし、翌年バーゼルに於いて第一回シオニスト会議を開催することで、政治的シオニズム運動の組織化が進められた。

【結論】この政治的シオニズムに促されたユダヤ人のパレスチナへの移住が始まる19世紀末〜20世紀初頭に到るまで、パレスチナの地では、アラブ人もユダヤ人も何世代にも渡って平和に共存していた。即ちこのことは、この政治的シオニズムの誕生以前には、そもそも「パレスチナ問題」なるものが存在していなかったことを明確に示している。

やったぞ。さて今度はあんたの番だな。
【課題その1】現代のパレスチナ・イスラエル闘争が、あんたの自己顕示欲を満たすためのセ〇ズリのような、このような膨大量の落書き(しかも殆ど資料の書き写しだろ?)とどのような「因縁」を有しているのか、こちとらは忙しいので、200字以内で簡潔に述べよ。

【課題その2】あんたのこのオタク的歴史的知識が現代のパレスチナ問題の解決にどう役に立つと自分で考えているのか、明確にかつ論理的に、200字以内で述べよ。

Re:生憎ですが....

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/16 16:23 投稿番号: [2427 / 20008]
>シコシコ書き写していられません。

書き写せとは言ってませんよ
あなたがパレスチナ・イスラエル闘争の起源を1897年バーゼルで開かれた第1回シオニスト会議だとおっしゃる理由を自分なりに解説していただければよいのです。→絶対やれよ。

>ところで、「その因縁」って何?

〔仏〕直接的原因(因)と間接的条件(縁)。または、それから結果(果)が生ずること。縁起。
きっかけ。動機。しかるべき理由。
由来。来歴。
ゆかり。関係。縁。
原因と結果が絡み合い、複雑ないきさつ


>この問題は、そういう「因縁」とかいうレベルの話じゃないだろう?

あなたの「因縁」とは
私に「因縁」=言いがかりをつける。
の方ですね。

違うと言わせませんよ。

また、自分の見識の及ばない領域の話を覗いてそれを消化出来ないからといって論外とするは愚か者のすることぞぉ。
それこそ争いの起源「戦争の起源」なのだ。

また、複雑に絡み合ういきさつを単純化して呑込もうとするのではなく、複雑なまま何とか理解して行こうとしなければならないのは賢い現代人の勤めだ。

私の書き込みが気に入らないのであれば、相手にせず、だたあなたの思う『現在の「国際時事問題」の討論』を始めればよい事であろう。

それを何だこの様は。

生憎ですが....

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/16 12:43 投稿番号: [2426 / 20008]
私はあんた程、暇ではないので、
誰もが簡単に入手できる資料を
ネット掲示板上でシコシコ書き写していられません。

ところで、「その因縁」って何?
この問題は、そういう「因縁」とかいうレベルの話じゃないだろう?

あんたのは、まるで南京大虐殺のトピに
魏志倭人伝や古事記を引用しているようなもの。
歴史おたくの薀蓄は他のスレッドでやることだな。
ここはあくまでも現在の「国際時事問題」の討論の場。
場所違いも甚だしいぜ。

お詫び

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/16 01:49 投稿番号: [2425 / 20008]
ベンハー;
Judah Ben-Hur
ユダヤのベニヤミン(ベンジャミン)族・ハー
または
ユダ族のベン・ハー

チューダー:Tudors
1 (英国の)チューダー王家[王朝]の
・ the House of 〜 チューダー王家 (Henry 7 世から Elizabeth 1 世までのイギリス王朝 (1485‐1603)).
&Henry 5 世の死後その妃と結婚したウェールズの騎士の (Owen) Tudor の名から'
2 【建】 チューダー様式の
・ 〜 architecture チューダー朝建築様式 (英国ゴシック式最後期の建築様式で, 特に垂直様式の最末期).

(Wars of the Roses) 一四五五〜八五年イギリスのランカスター家とヨーク家との王位争奪を中心とする封建貴族間の内乱。前者は紅バラ、後者は白バラを徽章として闘ったのでいう。結局ランカスター派のヘンリー=チューダーが大勝を得て王位に上り(ヘンリー七世)、ヨーク家のエリザベスを妃とする。この内戦で封建貴族の勢力が衰え、チューダー絶対王政の時代が始まった。

以上、ユダヤ12支族の因縁巡りはこの辺で終います。

うっ、もぉ〜ぉ

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/15 23:09 投稿番号: [2424 / 20008]
そんなとこでぶった切って、

1897/08/29,明治30/08/29
バーゼルで、ユダヤ人ジャーナリストのテオドール・ヘルツル(37)が主宰して第1回シオニスト会議が開かれる。

これが突然降って沸いたかの様に開かれたわけではあるまいてぇ。
その動きを、その因縁を一つ一つ私は思い起こし、また新たに捜してきているのですよぉ。
9.11以降長らくこのトピに御厄介に成っているのも何か落ちてないかと思うからなのです。

折角なので、 raidak68(ライダックロハ?)さんには第1回シオニスト会議の詳細なる内容紹介を行っていただいた上で、パレスチナ・イスラエル闘争の起源を明解にしていただきましょう。

急ぎませんので。

ではお答えしましょう!

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/15 20:16 投稿番号: [2423 / 20008]
パレスチナ・イスラエル闘争の起源は、
政治的シオニズムの誕生に求められる。
何時何処でと限定するならば、1897年のバーゼル。ここでこの時、何が行われたかは、あんたなら知っとるやろ?

それではあなたは

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/15 19:06 投稿番号: [2422 / 20008]
何時何処で始まったと考えておりますか?

自分の考えを先ず述べてから他人に絡みなさい。

最初に私に絡んで来た発言からして、他人の誤植非難だもの、たいした考えは持ち合わせていないと思うが、どうかね?

いんや!!!

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/15 18:33 投稿番号: [2421 / 20008]
そもそも現在の問題がいつ、どのようにして始まったのかを考えれば、あんたがグダグダ書いていることは、サルのオナ〇ーよりも虚しい。

Henry

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/15 17:23 投稿番号: [2420 / 20008]
Henry
#n.
1 男子名 《愛称 Hal, Hank, Henny》.
2 《イングランド王》 ヘンリー
(1) ?〜 I   (1068-1135) 《在位 1100-35》
(2) ?〜 II (1133-1189) 《在位 1154-89》
(3) ?〜 III(1207-1172) 《在位 1216-72》
(4) ?〜 IV (1367-1413) 《在位 1399-1413》
(5) ?〜 V   (1387-1422) 《在位 1413-22》
(6) ?〜 VI (1421-1471) 《在位 1422-61, 70-71》
(7) ?〜 VII(1457-1509) 《在位 1485-1509》
(8) ?〜 VIII(1491-1547) 《在位 1509-47》
3 《フランス王》 アンリ
(1) ?〜 I   (1008-60) 《在位 1031-60》
(2) ?〜 II (1133-89) 《在位 1154-89》
(3) ?〜 III(1551-89) 《在位 1574-89》
(4) ?〜 IV (=〜 of Navarre)(1553-1610) 《在位 1589-1610》
4 ハインリヒ 〜 IV (1050-1106) 《神聖ローマ皇帝 (1084-1105)・ドイツ王 (1056-1105)》.
5 エンリケ ‘〜 the Navigator' (1394-1460) 《ポルトガルの王子》.

#n.
1 ヘンリー
(1) Duke of Gloucester (1639-60) 《イングランド王 Charles 1 世の第 3 王子》
(2) Duke of Gloucester (1900-74) 《英国王 George 5 世の第 3 王子; オーストラリア総督をつとめた (1945-47); 子供は Prince William (1941-72) と Prince Richard (1944-   ) の 2 人》.

2 ヘンリー
(1) 〜 of Blois (c. 1099-1171) 《イングランドの Winchester 大聖堂の司祭 (1129 年以降); Stephen 王の弟; 1139 年ローマ教皇使節》

6 《ドイツ王》ハインリヒ
(1) 〜 I (c.876-936) 《在位 919-936; 通称 ‘der Vogler' (捕鳥王); ザクセン朝 (918-1024) 初代の国王》

(2) 〜 II (973-1024) 《在位 1002-24, 神聖ローマ皇帝 (1014-24); 政治的実行力に富み, 俗界・教会双方の支持を得た; 1146 年聖人の列に加えられた; 祝日は 7 月 15 日》

(3) 〜 III (1017-1056) 《在位 1039-56, 神聖ローマ皇帝 (1046-56); 在位中, 神聖ローマ帝国はその権力と統一性において絶頂に達した; 教会の諸改革も実施した》

(4) 〜 V (1086-1125) 《在位 1106-25, 神聖ローマ皇帝 (1111-25); 聖職叙任権を求めて教会と争い, 1118 年対立教皇 Gregory# 8 世を立てたが Calixtus# 2 世に破門され, 余儀なく Worms 協約を結んだ》

(5) 〜 VI (1165-97) 《在位 1190-97, 神聖ローマ皇帝 (1191-97); 1194 年シチリア国王となった; パレスティナ奪回を企図したが, 実行前に死去》

(6) 〜 VII (c. 1269/74-1313) 《在位 1308-13, 神聖ローマ皇帝 (1312-13); 1310 年イタリアに侵入し, 皇帝権の基盤を確立しようとしたが失敗》.

7 ハインリヒ (1129/30-95) 《Saxony 公 (1142-80), Bavaria 公 (1156-80); 通称 ‘Heinrich der L#we' (獅子公); Bavaria 公 Henry X the Proud の子; 野望が強すぎて皇帝 Frederick 1 世に領地を没収されたが, 次代皇帝 Henry 6 世と和解した; Munich の基盤作りや Hamburg, L#beck の農業・商業の発展に尽くした》.

8 《サルデーニャ王》 エンツォ (=?ENZIO#).→ここまで絡んでやんのぉ
#n. エンツォ (1225?-72) 《イタリア Sardinia の王; 神聖ローマ皇帝 Frederick 2 世の庶子; 皇帝軍を率いて反皇帝勢力のゲルフ (Guelf) 派の都市 (Milan, Parma) と戦う; Bologna との戦いに敗れ, 捕われ (1249) て獄死》

11#《俗》 ヘロイン (heroin); [h#]#《俗》 8 分の 1 ポンド(の大麻), ヘンリー 《Henry 8 世にかけたもの》

William

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/15 17:22 投稿番号: [2419 / 20008]
William
#n.
1 男子名 《愛称 Bill, Billy, Will, Willy》.
2 《イングランド王・英国王》 ウィリアム
(1) ?〜 I
(2) ?〜 II
(3) ?(オラニエ[オレンジ]公)ウィリアム 〜 III (=# of orange)
(4) ?〜 IV
3 《ドイツ皇帝》 ヴィルヘルム (G Wilhelm)
(1) ?〜 I
(2) ?〜 II (Friedrich Wilhelm Viktor Albert)
4 ウィレム 1 世 〜 I (1533-84) 《通称 ‘〜 the Silent', オラニエ公; オランダ独立運動の指導者, ネーデルラント連邦共和国初代大統領》.
5 ⇒?FREDERICK WILLIAM.
[Gmc.=will+helmet]

ウィリアム 〜 I
(1027-87) 《Hastings で英軍を破り, イングランド王 (1066-87) となった; # the Conqueror (征服王)と呼ばれる》
ウィリアム 〜 II
(1056?-1100) 《イングランド王 (1087-1100); ‘Ru・fus'(赤顔王)と呼ばれる》
(オラニエ[オレンジ]公)ウィリアム 〜 III (=# of orange)
(1650-1702) 《英国王 (1689-1702)》
ウィリアム 〜 IV
(1765-1837) 《英国王 (1830-37)》.

ヴィルヘルム (G Wilhelm) 〜 I
(1797-1888) 《プロイセン王 (1861-88), ドイツ皇帝 (1871-88)》
ヴィルヘルム (G Wilhelm) 〜 II (Friedrich Wilhelm Viktor Albert)
(1859-1941) 《ドイツ皇帝・プロイセン王 (1888-1918); ‘Kaiser Wilhelm' と呼ばれる》.

#n. フリードリヒヴィルヘルム
1 (1620-88) 《通称 ‘the Great Elector' (大選帝侯); ブランデンブルク選帝侯 (1640-88)》.
2 《プロイセン王 4 名の名》:
(1) ?〜 I (1688-1740) 《在位 1713-40》
(2) ?〜 II (1744-1797) 《在位 1786-97》
(3) ?〜 III(1770-1840) 《在位 1797-1840》
(4) ?〜 IV (1795-1861) 《在位 1840-61》

Wilhelm
ウィルヘルム【Wilhelm】
(ドイツ語の男子名)
ドイツ皇帝。プロイセン王。
#(一世) ビスマルクを首相に任じ、大いに軍備を拡張して普墺戦争に勝ち、一八六七年北ドイツ連邦の盟主。七一年一月、独仏戦争に勝利後、ヴェルサイユ宮殿でドイツ皇帝の位に即く。(1797-1888)
#(二世) 一世の孫。ビスマルクを斥けて自ら国策を指導。世界政策を標榜、軍備を充実、特に海軍を増強、近東への進出を図ったため英・仏・露との対立を招き、一九一四年第一次大戦に突入。敗戦の結果、一八年一一月のドイツ革命により帝位を退き、オランダに亡命。わが国では俗にカイゼルと呼んだ。(1859-1941)

#n.
1 男子名.
2 《ドイツ皇帝》 ヴィルヘルム.
[G, Dan., Swed.; ⇒WILLIAM]

Wil・hel・mi・na
#n.
1 女子名 《愛称 Mina》.
2 ヴィルヘルミナ 〜 I (1880-1962) 《オランダ女王 (1890-1948)》.
[fem. 〈 ↑]

Wil・helms・ha・ven
#n. ヴィルヘルムスハーフェン 《ドイツ北西部 Lower Saxony 州の港市, 10 万; 旧ドイツ海軍の軍港があった》.

Wil・helm・stras・se
#n. ヴィルヘルム街 《旧ドイツ外務省のあった Berlin の官庁街》; 旧ドイツ外務省.

解って無いね

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/15 17:13 投稿番号: [2418 / 20008]
このあたりの情報を別物扱いしていると何時迄経っても見えてこないかもよ。

ちょっと、そこのお前ら!

投稿者: raidak68 投稿日時: 2002/01/15 16:57 投稿番号: [2417 / 20008]
ここは何のスレッド?
調子こいてトピと関係ない薀蓄たれてんじゃねぇよ!
別の板でやれ!シッ!シッ!

すっげぇ〜気になるグルジア-02

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/15 15:24 投稿番号: [2416 / 20008]
Georgia(以下引用)リンク張ると削除されるので(グルジアで検索してみそ)

コーカサスは黒海とカスピ海にはさまれた険しい山地で、68種類の異なる言語が話されています。民族・文化両面で世界でも類をみない多様な構成をもつ地域です。過去数千年間さまざまな民族の往来が絶えませんでした。ペルシアから絨毯織りの職人、中国から絹商人、ロシアから毛皮商人、そしてギリシア人、ローマ人、アラブ人。世界文化の交差点とも言えるコーカサスの各地で彼らは仲良く交易に従事していました。昔からグルジア人の多くは敬虔なキリスト教徒でした。キリスト教が到来したのが4世紀頃ですが、その後イスラム教も広がり、今でも多数のイスラム教徒がいます。スターリンがキリスト教信仰に凝り固まった母親を恐れていたことで、グルジアの教会がスターリン主義者からひどい扱いをされずにすんだ、と言われています。

〜 世界最古のワイン文化 〜

グルジアにおけるぶどう酒醸造は多種多様であり、各地区ごとに特色があります。それらは葡萄の品種や質、土壌や気象環境に左右されますが、同様に導入される葡萄酒醸造技術にもよります。これらの条件が結集し、高品質の葡萄酒やコニャックが生れます。4世紀のグルジアの啓蒙者であるニノ(Nino)が両手に持っていた十字架は、伝説によれば、葡萄の枝を自分の髪の毛で結んで作られており、南方からイベリアの地へとやって来ました。これはキリスト教世界ではまず有り得ないことです。古代建造物にはよく熟れたぶどうが描かれています。スヴェチツホヴェリ、サムタヴィシ、イカルト、ザルズマ、ベジヤ、ゲラチ、ニコルツミンダ、ヴァルジア、その他の古代神殿の壁に刻まれた葡萄酒は訪れる者を恍惚とさせます。

グルジアにおけるワインに対する愛情と信頼は誠に唯一無二のものです。グルジアでは、山岳地帯に住む家を訪れた人は家主に先ず羊のことを訊ねます。その次に家族の健康のことを訊ねます。谷間に住む家を訪ねた時は何よりも先ずこう訪ねます「お宅のワインに何かありましたか?」と。正にこのワインに対する計り知れない愛情こそが神から授かった500以上もの多種多様な品種を創り出してきたのです。数世紀にわたりタタール人、トルコ人、ギリシャ人、アッシリア人、モンゴル人、その他の侵略者は再三にわたりグルジアを襲来し、行く先々で全てのものを完全に破壊し、国土は焼き尽くし荒廃しました。カヘチのぶどうは炎と剣によって根絶されました。最も優れた産地であるカヘチのぶどうを”イランの獅子”と呼ばれたシャフ・アッバース(Shah・Abbas)は火器と剣で根絶してしまいました。彼は大のワイン好きでもありました。これらの苦難にもかかわらず、グルジアの農民はうまく持ち堪えることができました。ぶどうの苗を守り、大切に保存し、虚無の状態から蘇生させ、子から孫へ幾世代もかけてワインづくりを成し遂げてきたのです。グルジア東部の葡萄文化が復興するのに数世紀を要しました。

今日グルジアの農業は主に3つから成る、すなわち、葡萄、茶、柑橘類です。茶と柑橘類はまだ歴史が浅いです。葡萄栽培に関する古代の伝統により、正しくザカフカースの地、特にグルジアが最初の葡萄文化発祥地であり、後にここからヨーロッパ各国へワイン文化が普及していったということが世界中の多くの学者によって確認されています。学者の間では、”wine”(vin, wein, vine, etc) はもともとグルジア語のgvinoから派生していると考えられています。グルジアの葡萄栽培地域で発掘された土製の壷は考古学的に大変意義深いもので、これは古代のイベリア、コルヒダ、メスヘチの地で2−3千年前に高度な技術で造られた葡萄酒を入れるための容器です。民間伝承や歴史的書物などからも分かるとおり、グルジアにおける宗教上の儀式は常に一種独特のものでした。グルジアでは常に多量のワインを使用してきました。古代ギリシャやローマの人々は、グルジア人がこれらの儀式を行う際に葡萄酒を水で薄めることなく使用していたことに驚きました。17世紀のフランス人旅行者、シャルディン(Chardin)は、世界中でグルジアほどすばらしいワインを愛飲する国は他に存在しない、と述懐しています。トビリシの食卓で見たことに感嘆したアレクサンドル・セルゲイ・プーシキンは《エルズルム旅行記》の中で述べています。

Gurjaani
辛口の白ワイン
ツィナンダリと製法が似ているせいか、姉妹品の感が強いグルジャアニですが、このワインを指名される方は結構多く、根強いファンをもっています。

すっげぇ〜気になるグルジア-01

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/15 15:23 投稿番号: [2415 / 20008]
Geor・gia
#n.
1 女子名. [(fem.); ⇒GEORGE]
2 ジョージア州 《米国南東部の州; ☆Atlanta; 略 Ga., GA》. [GEORGE II]
3 グルジア 《ヨーロッパ南東部の黒海に臨む国; 公式名 the Rep#blic of # (グルジア共和国), 570 万; ☆Tbilisi; 古代・中世には王国; 1936-91 年ソ連邦構成共和国 (the Georgian SSR)》.

★Georgia
グルジア人 70%, アルメニア人, ロシア人など. 言語: Georgian (公用語), Russian. 宗教: グルジア正教, イスラム教, ロシア正教. 通貨: ruble.

Georgia Mafia
#n. ジョージアマフィア 《Carter 大統領 (1977-81) と同じ Georgia 州出身の同大統領の側近たち》.

Geor・gian
#a.
1 《英国王》 ジョージ 1-4 世時代 (1714-1830) の; ジョージ 5-6 世時代 (1910-52) の, 《特に》 ジョージ 5 世時代 (1910-20) の〈文学〉.
2 ジョージア州の.
3 グルジアの.
#n.
1 ジョージ王の時代の人.
2 ジョージア州人.
3 グルジア人; グルジア語.
[GEORGE]

#n.
1 【商標】 ジョージア 《米国 Georgia Boot 社製のワークブーツ; 大量生産で安価》.
2 [g#] 《俗》 ただでやらせる女.
the Strait of−ジョージア海峡 《カナダ British Columbia 州南西部本土と Vancouver 島中東海岸の間にある海峡》.
#vt. [g#] 《俗》 〈売春婦〉にただ乗りして逃げる.

de Ros
#n. ド ルース Georgiana 〜, Lady 〜 (1795-1891) 《英国の貴族; Richmond 公の娘; 1824 年 de Ros 卿 (1797-1874) と結婚; Wellington 公の友人で, 歴代首相とも交友があった》.

George
1 ジョージ (男性名).
2 ジョージ (英国王の名)
・ 〜 I (在位1714‐27)
・ 〜 II (在位1727‐60)
・ 〜 III (在位 1760‐1820)
・ 〜 IV (在位1820‐30)
・ 〜 V (在位1910‐36)
・ 〜 VI (在位1936‐52).
3 [St. 〜] 聖ジョージ (イングランドの守護聖人; 祝日は4月23日).
4 (英俗) (飛行機の)自動操縦装置.
by George![驚き・決心・誓いなどを表わして] 本当に, まったく.
St. George's cross聖ジョージ十字 (白地に赤の十字形; cf. Union Jack).
&ギリシャ語「農夫」の意'

調べました_05

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/15 00:04 投稿番号: [2414 / 20008]
ディーン族ってのが良く判らないので、以下に記されたゴートで調べると → プフ
『ゴートディーン族が砦「ディン・エイディン」(エイディンの要塞の意)を築き、これをアングル族が包囲して638年陥落させる。砦の名を英語(アングル語)で発音すると「エジンバラ」となる。』

Goth
ゲルマン系の一部族。原住地はスウェーデン南部。一世紀頃ヴィスワ川河口付近を占め、二世紀頃に黒海方面へ移住した東ゴートとドナウ川下流に定着した西ゴートとに分れた。前者は、五世紀後半にイタリアに侵入、王国を建てたが、六世紀中葉に東ローマ帝国に滅ぼされ、後者は、四世紀末にイタリアに侵入、五世紀にイベリア半島に王国を建てたが、八世紀初頭にイスラム教徒に滅ぼされた。
(Gothic) インド‐ヨーロッパ語族中のゲルマン語派に属する一言語で、この語派の古い語形を伝える。死語。四世紀に西ゴート僧ウルフィラがギリシア語から翻訳した新約聖書があり、そのゴート文字はギリシア文字を基礎とし、ラテン文字・ルーン文字のいくつかを加えたもの。

Gothic
(「ゴート族の」の意)
ゴシック式の略。
活字の書体の一。一様に肉太なもの。ゴチック。
ゴート族 (3‐5 世紀にローマ帝国に侵入し, イタリア・フランス・スペインに王国を建設したゲルマン民族の一派)
無教養な野蛮人
ゴート族 《3-5 世紀に東西ローマ帝国に侵入し, イタリア・フランス・スペインに王国を建設したチュートン族の一派; 後の Visigoths と Ostrogoths に分裂》.
《美術に無理解な》 野蛮人, 乱暴者, 無教養の, 野蛮な, 無風流な, 野暮な.
ゴート語 《ゲルマン諸語の一で現在は死語; 4 世紀の聖書翻訳が主要な文献》

Gotham
《名》ゴタム (イングランド Nottinghamshire の村; 昔住民が皆ばかであったと伝えられる).
wgse man of Gotham(英) ゴタムの賢人 (ばか者).
《名》New York 市の俗称.

因にthe Forest of Dean;
ディーンの森《イングランド Gloucester 州西部 Severn 川と Wye 川との間にある森林地域; 昔の王室御料林》.

Viking
八世紀後半から一一世紀前半にかけて、スカンディナヴィアおよびデンマークから海洋を渡ってヨーロッパ各地に侵寇した北ゲルマン族。古期北欧語「入り江に出入りする者」の意'
→ノルマン人

Norman
(北方人の意) ゲルマン人の一派。スカンディナヴィア半島およびデンマーク地方を本拠とし、航海に長じ、八〜一二世紀にヨーロッパ各地に移動。フランク王国を襲い、のちイギリスを征服、また、イタリア南部・シチリアに両シチリア王国を建設。別派はロシアの起源をなすノヴゴロド公国を建設。
・ 〜 architecture ノルマン建築 (ロマネスク風の建築様式; 簡素・壮大・剛健が特色).
&古期北欧語「北の人」の意'

Normandie
(「ノルマン人の国」の意) フランス北西部、イギリス海峡に臨む地方。一○六六年ノルマンディー公ギヨーム(ウィリアム)がイングランドを征服してノルマン王朝を開いて以後イギリス領、百年戦争中フランスが奪回。第二次大戦末の一九四四年、英・米・仏連合軍の上陸地点となった。

調べました_04

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/14 23:32 投稿番号: [2413 / 20008]
Jute
[the 〜s] ジュート族 (5‐6 世紀に Angles, Saxons とともに英国に侵入したゲルマン族).
ジュート人, [the 〜s] ジュート族 《5, 6 世紀にイングランドの Kent に侵入したゲルマン民族; cf. ?SAXONs》
【植】 ジュート, ツナソ, コウマ(黄麻) → 麻?危ないなぁ(笑
ジュートの繊維, ジュート (帆布・南京袋の材料)
【綱麻】
シナノキ科の多年草で栽培上は一年草。インド原産。繊維作物で、ベンガル地方が主産地。茎は平滑で直立し、高さ一メートル内外。夏秋の頃、葉腋に一〜二個ずつ黄色五弁の芳香ある小花を開き、花後#果(サクカ)を結ぶ。繊維をジュートと称し、粗布を織り、コーヒー・綿花などの袋(南京袋)を作る。漢名、黄麻(コウマ)。

Jut・land → 出てきました「ダン」
ユトランド (デンマークの大部分を成す半島)
ユトランド (Dan. Jyl・land) 《デンマークの大半とドイツ Schleswig-Holstein 州の北部から成る半島》.
(Jutland) ドイツの北方に突出する半島。スカンディナヴィア半島と相対してバルト海と北海とを分ち、デンマークに属す。東部は土地肥沃で農業・牧畜が盛ん。西部は荒地が多い。

Dan
【聖】 ダン 《Jacob の第 5 子; Gen. 30: 1-36》
【聖】 ダン 《Dan の子孫で北部パレスティナに移住したイスラエル12 部族の一; Josh. 19: 40》
【聖】 ダン 《パレスティナ北端の都市》[Heb.=judge]
《名》ダン (男性名; Daniel の愛称).
(略)【聖】Daniel; Danish.
[the 〜] ダン川 《Virginia 州南部に発し, North Carolina 州へと南流し, 州境を数回横切りながら東流し, Virginia 州南部で Roanoke 川に合流する》.
《カナダ》 《油を入れる》 オットセイ皮の袋.
《方》 採掘場から道路まで石炭を運ぶための箱[手押し車].
《深海漁業・掃海作業用の》 標識浮標, ダン(ブイ)

DAPPER DAN
《俗》 しゃれ者 (fancy Dan)

Da・na
男子名; 女子名.[=from Denmark]
デーナ《アイルランドの女神で, 神々の母; ウェールズでは Don として知られる》.

Da・nae
【ギ神】 ダナエー 《Argos 王の娘; 父によって幽閉されている時に黄金の雨となって訪れた Zeus と交わり Perseus を生む》.

調べました_03

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/14 23:28 投稿番号: [2412 / 20008]
Saxon
ゲルマン民族の一部。二〜三世紀頃、ライン・エルベ両河間の北部地方に居住し、五〜六世紀頃、ドイツ北部を占領、一部はグレート‐ブリテン島に侵入、アングル人と共にイギリスの基礎を作った。
《形》サクソン人[語]の
・ 〜 words (サクソン語に由来する)本来の英語, 純粋の英語.
&ゲルマン語「剣を帯びたもの」の意'
・ サクソン様式の 《600-1086 年のイングランドの建築様式の一つ; アングロサクソン人の素朴な様式で, 現在では教会堂などに残っている程度だが, 小さな深くほり込んだ窓, 円形アーチ, 長短の角形石材の交互の組合わせなどが特色》.

Sachsen
サクソン人が居住していたドイツ中部エルベ川の中流・下流の地方。旧東ドイツ南部のチェコ‐スロヴァキア・ポーランドに接する地域と旧西ドイツの低ザクセンに分れる。九一九年部族公ハインリヒ一世が開いたザクセン王家が一○二四年まで代々ドイツ国王となる。ラテン語名サクソニア。

Saxony
ドイツ南部地方産の羊毛とその毛織物。羅紗(ラシヤ)またはフランネルの一種。サクソニー織。サキソニー。

Angle
[the 〜s] アングル族 (チュートン族の一派; 5 世紀以降 Saxons, Jutes とともに英国に土着した; 今の英国人の祖先)
アングル人, [the 〜s] アングル族 《ゲルマン民族の一派で, 5 世紀以降イングランドに定着した; cf. ?SAXONs》.
[L Anglus<Gmc.; 北ドイツ Schleswig の地名]

angle2 → プゥ(笑
《古俗》 ペニス.

Anglo
#n. (pl. 〜s) #《南西部》 《スペイン系米国人・メキシコ人でない》 白系米国人, ?ANGLO-AMERICAN; 《カナダ》 英国系カナダ人; #イングランド人; 英語使用者.
#a. 《カナダ》 英語を話す; #イングランド人の.

Anglo-Saxon
五世紀半ば以降、ドイツの西北部からイギリスに渡って諸王国を建てたゲルマン民族の一部。今日のイギリス国民の根幹をなす。頭髪は主としてブロンド。また、イギリス国民ないし英語を話す国民の意にも用いる。

調べました_02

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/14 23:26 投稿番号: [2411 / 20008]
Brit
Britain; Britannia; British; Briton.

Britain
《名》大ブリテン(島), 英本国 (⇒Great Britain)

Britainnia
a ブリタンニア 《(1) ローマ時代ローマの属州だった Great Britain 南部の名称 (2) British Empire または Great Britain の女性擬人的ラテン語名》.
b ブリタンニア像 《Great Britain または British Empire を象徴するかぶとをつけ, 盾と三叉のほこを持った女人像》

Brit・an
【アイル神話】 ブリタン 《Fomorians に破れて Britain 島にのがれたネメディア人 (Nemedian);
ブリテンの名は彼に由来する》

Brit・ains → 危ない玩具だ(笑
【商標】 ブリテンズ 《英国 Britains Petite 社製の軟質プラスチック製動物模型玩具; 縮尺 32 分の 1 で塗装仕上げ済み; 飼育係や乗馬服姿の人形・檻(おり)・動物輸送車などもあり, 動物園ごっこなどができる》

Nemedian
【アイル伝説】 ネメディア人 《?NEMEDに従ってアイルランドに来た人》

Nem・ed → やっぱり兄弟だ
【アイル伝説】 ネメド 《Noah の子孫の一人; 船隊を率いてアイルランドに来航し, フォモーレ族 (Fomorians) と戦った

Fomorians
【ケルト伝説】 フォモーレ族 《元来はおそらく悪と暗黒の神々であったアイルランドの海賊の一族; スコットランド高地では巨人族として描かれる

Tuatha De Danaan → おおぉ、出ましたサマルカンド/ザナルカンドから来たティゥーダ・ベン・ハー(笑
【アイル伝説】 ツアーハ デ ダーナン 《邪悪なフォモーレ族 (Fomorians) を倒し, アイルランドの黄金時代を統治したという神々》
トゥハ デ ダナン神話伝説群 《半神半人のダナン族が登場するアイルランド最古の神話伝説群; ‘Children of Ler', ‘Etain' など幻想に満ちた悲話やロマンスで知られる; 紀元前後に成立》

Brit2 → ほらねっ
【ユダヤ教】 《生後 8 日の男子に行なう》 割礼の儀式. Brith

Brith Milah
【ユダヤ教】 割礼 《circumcision の儀式》

調べました_01

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/14 23:25 投稿番号: [2410 / 20008]
Iberia
ヨーロッパ大陸の南西端に突出する半島。ピレネー山脈を北の境としてフランスに隣接。スペイン(カタルニアおよびバスク地方を含む)・ポルトガル・アンドラ・英領ジブラルタルに区画される。
《名》イベリア (イベリア半島の古名).&ギリシャ語「スペイン人」の意'

1 イベリア (1) →IBERIAN PENINSULA
      (2) 古代の東グルジア地方.→→→すっげぇ〜気になる

Celt
インド‐ヨーロッパ語族に属し、五世紀頃までアルプス以北のヨーロッパの大部分とバルカンまで広く居住した民族。やがてローマの支配下に入り、また、ゲルマンの圧迫により次第に衰退。現在はアイルランド・スコットランド・ウェールズ・ブルターニュ等に散在する。妖精伝説や多くの民話・神話で知られ、また、七〜八世紀のアイルランドや北部ブリテン地方は、独特な幾何学模様によるキリスト教美術で有名。

Celtic
インド‐ヨーロッパ語族に属する一語派。前五〜前一世紀に、中欧および西欧に繁栄。明瞭な等語線により、アイルランド語に代表されるゲール諸語と、ウェールズ語・ブルトン語に代表されるブリタニック諸語とに二大別される。現在ではスコットランド・アイルランド・ウェールズ・フランス北西部にケルト系言語が残存。

Celticcross
ケルト十字架 (中心に輪がある)
ケルト十字 《ラテン十字の 4 本の腕と交差する輪のついた十字》

Celt・chair
【アイル神話】 ケルヘア 《赤枝の戦士団 (Red Branch) の戦士;
妻 Brig Betach の不義の相手である Blai Bruige を王宮内で殺して国の掟を犯したため, Conchobhar Mac Ness 王より国を害する 3 つの災厄を取り除くことを命じられた》

Celto-Roman
《ヨーロッパ南西部の》 ケルト人とローマ人の混血人種の;
ケルト語[文化]とラテン語[文化]の混合した.

Celto-Germanic
1 ケルト人とゲルマン人の性質をもつ, ケルトゲルマンの.
2 ケルトゲルマン様式の 《5-9 世紀ごろヨーロッパ北部および西部で発展した芸術様式; ヒトや動物のモチーフを複雑・精緻なパターンで表わしている》.

ところで今日の朝っぱらから

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/14 13:56 投稿番号: [2409 / 20008]
昔のおまんぢゅうが電波となって某国王室ゴシップについて
その口から「他と違ってガラス張り報道でたいへん好ましい」
などと発しておりました。
未だ判ってねぇし、一生わからねぇぞあいつぁ。

1)凡人が普通に考えることの逆を行う。
2)某国王室は他と違って絶対揺るぎない後楯があり自信がある。
3)ゴシップのガラス張り報道は、家畜人間共に某国王室に対して好感を持たせることが出来る。
  現におまんぢゅうは好感を示し、それを報道までした。
4)光明と暗黒としたならば、某国王室は光明を気取っておれば良いのである。
5)その光明を後楯にknightを送り込み、暗黒の使者と一緒に上からも下からも料理にあたるのである。

悲しみは星影とともに

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/13 23:58 投稿番号: [2408 / 20008]
Innocent.

さすがー

投稿者: kazetokomorebi 投稿日時: 2002/01/13 18:56 投稿番号: [2407 / 20008]
jjiiiijjさん、また、わからないことがあったら、よろしくお願い致します。

ノストラダムスの大予言

投稿者: kazetokomorebi 投稿日時: 2002/01/13 18:55 投稿番号: [2406 / 20008]
新約聖書にある“ヨハネの黙示録”は、イエス・キリストの弟子である
“ヨハネ”による預言だけど、イエス・キリストも一度だけ
預言されてる箇所がありました。
ちょっと前までは、ノストラダムスの1999年7月の預言と重ねて、
アルマゲドンの預言かと思ってたけど、
TVで「知ってるつもり」を見てから、イエスの預言が、
ナチスドイツに捕らえられるユダヤ人の預言であることに気が付きました。
ユダヤ人の住む家に押入り、ナチスドイツ兵が、酷く乱暴にユダヤ人を
連れ出す姿がありました。列車に押込められ、強制収容された後、
ガス室に送られる丸裸にされた女性たちの中に、
裸の乳飲み子を抱く女性がいました。

イエス・キリストの預言―マルコ13章―

『荒らす憎むべきもの』が、自分の立ってはならない所に立っているのを
見たならば(読者はよく読み取るように。)ユダヤにいる人々は山へ
逃げなさい。屋上にいるものは、降りてはいけません。家から何かを
取り出そうと中に入ってはいけません。
畑にいる者は着物を取りに戻ってはいけません。だが、その日、悲惨なのは
身重の女と乳飲み子を持つ女です。
ただ、このことが冬に起こらないように祈りなさい。その日は、神が天地を
創造された初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、
また、これからもないような至難の日だからです。そして、もし主が
その日数を少なくしてくださらないなら、ひとりとして救われる者は
ないでしょう。しかし、主は、ご自分で選んだ選びの民のために、
その日数を少なくしてくださったのです。

イザヤ書には、「メシアを受け入れた場合のユダヤ人」と、
「メシアを受け入れなかった場合のユダヤ人」の姿が預言されていました。
本来、イエス・キリストは、ユダヤの王となり、イスラエルを統一する
使命をもっていたのに、志半ばに倒れてしまいました。
志半ばに倒れた後、十字架に架けられるという神の御計画を
成就させる為に、裏切りのユダの“くちづけ”を受けたそうです。
イエス・キリストが預言される前に、ユダヤ人の将来を案じて、
「悲しみのあまり、死ぬほどである」と1人寂しいところへ行かれたと
書き記してありました。書き記してあることが本当なら、とても切ないです。

歴史は繰返される

投稿者: kazetokomorebi 投稿日時: 2002/01/13 18:53 投稿番号: [2405 / 20008]
聖書等を読んでると、ユダヤ人は、

●エジプト人の奴隷となる→アロンとモーセにより、カナンに返る。
エジプトの民、全滅。
●アッシリアの捕虜となる→ペルシア王クロスにより解放され、シオンに返る。
アッシリアは、ほぼ全滅。
●ナチスによりアウシュビッツに強制収容される→イスラエル建国により、シオンに返る。
  ナチス、崩壊。
とかになってるけど、他にもあるのかな。ユダヤ人は、大きな傷を受けてから後、
目的の地、シオンに返るということを繰返してるような、、

―イザヤ書44章―
わたしはクロスに向かっては、
『わたしの牧者、わたしの望むことをみな成し遂げる。』と言う。
エルサレムに向かっては、
『再建される。神殿は、その基が据えられる。』と言う。
―イザヤ書45章―
主は油をそそがれた者クロスに、こう仰せられた。
わたしは秘められている財宝と、ひそかな所に隠された宝をあなたに与える。

聖書はまだ1/5しか読んでないのでわかりませんが、
旧約聖書が“神とイスラエル人の契約の書”であり、
新約聖書がイエス・キリストの教えだと思うけど、
「キリスト教の役割は、クロスと同じなのかな、、」とか思ったりした。
ナチスドイツはキリスト教だったけど、偽キリストだと思う。
聖書にも偽キリストが多く現れるって書いてたし。
クロスは悪と戦う為に、手を汚さなければならないから、その購いの為に、
イエス・キリストは十字架に架けられなければならなかったのかな。
宗教信者の方はどんな風に解釈してらっしゃるんだろう?

ユダヤ人は、使命感によってシオンに返ろうとするのかな。
その使命を邪魔するものは、悪だと考えているのかも。
国を持たないことによって、600万の人々が殺されたから、
父母の切なる願いでもあると思うけど、、
だけど…左の頬を殴られたら、両頬を殴り返すくらいのことしてるしなぁ。。

おっとぉ、バビロニア忘れてた

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/13 15:45 投稿番号: [2404 / 20008]
おっとぉ、バビロニア忘れてた。(^^;;;
シュメールのグノーシス、その象徴はエジプトのオシリスとイシスの神話に表れていると聞いたことがありますから、此所ではエジプト、ギリシャ、バビロニアは一味と成りますねぇ。
さらにゾロアスター教ペルシャがこれに絡んでは、「思いも寄らぬ者」と言われても過言ではないなぁ。
それにゲルマンが家臣(knight)となり、ロシアまでとなったらこりゃ大変だわなぁ。

嘘かホントかは別として、ヒトラーが「イエスは当然猶太人ではなく『アーリア人』である。」などと気を許した友人に洩らしたとか。

『アーリア人』;
(Aryan)(もと「高貴な」を意味する梵語 #rya から) インド‐ヨーロッパ語族の人々の総称。
特にインド‐イラン語派に属する人が自らをアーリアと称した。

とのことだから、もしかしたらキリスト教/イスラム教/ヒンディー教/ゾロアスター教/仏教を敵視しているのか?
そうなると日本は正統派ユダヤ教と縁ある天照大御神を切り札に命乞いか。(笑)

グノーシス;
ただ一つ明白なのは、彼らは常に人類に対して激しい敵対行動を取り、その存在を抹殺せんとしていることだけです。

これってさぁ、結局太陽系のバランスが崩れて人類は滅亡するってこと教えてるんじゃないの?
森羅万象諸行無常であるわけ。
それを我が身尊し我の強き愚か者が履き違えているのだよ、きっと。

Re:イスラエル系エジプト人

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/13 12:47 投稿番号: [2403 / 20008]
現在私たちが使用している太陽暦(グレゴリオ暦)が日本で正式に使用されるようになったのは、明治6年1月1日かららしい。
それ以前に使用されていた太陰太陽暦(天保壬寅暦)を一般に旧暦と呼ぶらしい。
参考ページ;
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/cue/KOHO/reki/kyuu9700.htm

曜日;
古代の朝廷で元日の節会に、中務省の陰陽寮に命じて奏させたものらしい

Sunday
週の第1日:キリスト教の安息日
ギリシャ語「太陽の日」を直訳したもの

Saturday
週の第7日:すなわち最終の日
古期英語「Saturn(土星)の日」の意
ローマ神話で、初めて農耕を教えたと伝える神。
ギリシア神話のクロノスと同一視された。
ラテン名サトゥルヌス。

Friday
古期英語で「Frigg (Woden の妻)の日」の意

とまぁ私としてはこんなところでごあんすぅ。
むかしっから太陰太陽暦を扱っていたので、維新後の西洋化にも容易に対応でき、帳尻を併せているだけの話なのではなかろうか。

それにしても、やはりエジプト人が黄金の犢の立役者であったか。
そして現在でもエジプトと論理的最隣接国と成るのはギリシャであんすぅね。
オベリスク、ギリシャ神殿柱、アテナ(アテン)の化身と思わしき女神像、米1ドル札裏のホルスの眼。
ゾロアスターは何所に印されているのかなぁ?
あぁ、彼らのマインドかぁ。

イスラエル系エジプト人

投稿者: kazetokomorebi 投稿日時: 2002/01/13 11:02 投稿番号: [2402 / 20008]
ということですね。勉強になります。ありがとうございます。

ヨセフとその子孫は、エジプトの地に留まり、そこで400年の間、
子孫を増やし捕囚の民になって、モーセによって約束の地、
カナンに返ったと書いてありました。
“カナン”を調べてみると、“聖書におけるパレスチナの称”とあります。
そして、イスラエル系エジプト人である、エフライム族は、
北方10部族の頭だったため、北イスラエルを表すと書いてました。

北のエフライム、南のユダって。創世記49章ヤコブ(イスラエル)の預言
“エフライムの父であるヨセフ”と“ユダ”が、父ヤコブに
最も祝福されてましたね。

ユダ部族からは、イエス・キリストも誕生されたし。
モーセはレビ族らしいけど、レビへの預言は悲惨。12支族には入らないんですね。
あと、ダンが気になるんだけど、おのれの民を裁く蛇ってなってる。
北のエフライムと南のユダ、これが神の志を委ねた民なんだって。

今一番知りたいのが、金曜はイスラムの安息日。
土曜日がユダヤ教。日曜が、キリスト教って聞いたけど、
日本は日曜日がお休みですよね。
これは、いつから日本は、日曜日がお休みになってるのですか?
日本は、キリスト教国家の影響を受けてるってことなんですか?
キリスト・ユダヤ・イスラム以外の国々も、全部そうなのかな。
1月〜12月っていつからそうなんだろう?
ご存知でしたら、教えて下さい。

謹む

投稿者: jjiiiijj 投稿日時: 2002/01/12 22:07 投稿番号: [2401 / 20008]
この宇宙類い稀なるバランスの上に存在する地球オアシス時代に
欲を貪らず欲を謹み、命を授かったことを幸いとし
それを全うするが、これを邪魔するものには罵声を浴びせる
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