イスラエル/パレスチナ和平

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>大人の国

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/07/12 11:51 投稿番号: [6206 / 20008]
>「宗教的理由」とか「安全保障」って言葉は十分に理解できるんだけど
>それが組合わさって、「安全のための入植地」とかなると
>途端にわけがわかんなくなる。

母国語で〝明確に〟殺人意志を半世紀にわたって語り続けている民族が真横にいる、という状況を経験しているのはイスラエルだけです(それがすべての免罪符だと言うつもりはない)。

入植地が違法とする指摘は、「法」という答えがあるのだから容易い。しかし、安全保障の確保にあたってイスラエルのやり方に代わる方法論は、だれも提示出来ていない。

もちろん「方法論」そのものが必要なのではない。当面の究極的な目的は「安全保障」そのものだ。「冷たい平和」達成後の「真の和平」などは二の次。

例えば国連が入植批判の決議をする。ところが、そうした決議には撤退後の安全保障が担保されているわけではない。テロ対策のやり方そのものに対する批判と同じ次元の、「一方的正論」の側面がある点は否めない。

>2000年5月24日、イスラエル軍レバノン撤退。これによりパレスチナは「ヒズボラは20年の闘いによって撤退を勝ち取った。我々もまた交渉などではなく暴力とテロに訴えるべきだ」との教訓を得た。二ヶ月後の7月のキャンプデービッドは決裂。パレスチナは「95%」の領土提示を拒否。さらに二ヶ月後の9月に「アルアクサ・インティファーダ」が勃発した。

入植活動が活発化した背景を見れば、「譲歩」そのものが「パレスチナを昂揚させる」(パイプス氏)という認識が全面的に誤りだとは言えない。そうしたパレスチナの奇形的特殊性に対しては「そもそもイスラエルが悪い」という見方が、長年、最もらしく語られ続けてきていた。

ようやく9/11後、今も頻発しているイスラムのテロを見れば、「特殊」な価値観を持っているのは「そもそもイスラムだった」ことは、明かだろう。人間界の常識を逸脱していたのは、イスラムのほうだったことが、続々と例証されてきている。この視点をもって1948年を辿れば、同じような奇態さに満ちた言動が、すでにいくつもあったことが再認識できる。

具体的な入植地を、和平への戦術、としてどうすればよいのかはわからない。

すでに国連がそれらに対して非難決議を(何度も)出し、その一方で、人命が守られる保障はどこにもない。入植地批判は、誰でも出来る。メディアもそうしてきている。さらには、パレスチナが主張する「帰還権」について、その非正当性/非現実性を指摘する声は、ユダヤ系団体を除けばどこからもない。

入植を否定し同時に「帰還権」を肯定した場合、パレスチナは「二つの国家」を両方とも手に入れることができてしまう。そして、認識レベルで行われている現実は、まさにそれだ。

大人、という意味が、生き残る/生活を続ける/破綻しない、ということなのであれば、例え世界からの理解を得られぬまま批判を浴びようとも、イスラエルは、これまで通り自力本願を恃むことで、戦闘現場と外交戦争の双方を生き延びなければならない。その決意だけは、誰に言われるまでもなく、彼らにはある。
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