イスラエル/パレスチナ和平

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歴史の失敗を繰り返さないで欲しい1

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/06/05 15:55 投稿番号: [5442 / 20008]
>次の会談までに、シャロンかアッバスのどちらか、またはいずれが暗殺される可能性は高い。

○いまの流れからすると、プレイヤーの暗殺がロードマップを頓挫させてしまう最大の懸念かもしれませんね。




●Background / If Sharon makes peace, is he in mortal danger?
http://www.haaretzdaily.com/hasen/pages/ShArt.jhtml?itemNo=300476&displayTypeCd=1&sideCd=1&contrassID=2


1977   −   エジプト大統領サダトがエルサレム入り。イスラエルと平和条約を結ぶ最初のアラブ国となった。

1981   −   制服姿の同国人が軍事パレードを抜け出てAK-47をサダト大統領に向け掃射、暗殺される。

1993   −   ラビン首相は世論の予想に反しPLOを認め新たな入植を禁止した。ラビンは1967年の戦争で地図を塗り替えた軍のトップであった。

1995   −   テルアビブでの平和デモの際、極右青年により背後から撃たれ、ラビン暗殺される。

2003   −   シャロン首相がロードマップを受諾。2005年までのパレスチナ国家建設を承認。シャロンは最も恐れられてきた戦士であり、入植活動の精神的支柱であった。

右派にとっては致命的ともいえる決定がなされた。2001年3月以来進められてきた入植地に関して速やかに撤退し新たな入植活動を行わないこと。

シャロンによるロードマップ受諾からは「裏切り者」との言葉が喚起される。ラビン暗殺前の喧噪下で極右の間に飛び交った言葉でもあるからだ。

アカバ・サミット後に極右の反対デモが行われたエルサレムのツィオン・スクエアは、ラビン暗殺前に反政府デモが行われていた場所でもある。

右派の怒りや憤り、そしてショックは、ラビン以来の水準に達している、とハアレツのコメンテーター、ダニエル・ベン・シモンは語る。

ラビンとシャロンの違いは、右派にとって世俗的左翼であるラビンが裏切ったということだ。ラビンは「伝統を汚す者」であり、彼が代表する新生イスラエルのアイデンティティを宗教右派は認めることができなかった。

シャロン自身が右派であることが今回の争点だ。身内による裏切りだからである。シャロンの過去の行動を見れば、彼は身内の一人であるどころか頭領なのである。

入植メンバーの一人は、1967年以来はじめて我々は孤立させられている、と語る。入植者はラビンやバラクに対峙した右派であった。だが頭領に裏切られ孤立無援となっている。


==========   後半は重すぎるので省略   ==============
           (かなり悲観的な印象に沈められる内容…)
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