グローバルな時代の人権とは?
投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/10 23:35 投稿番号: [5151 / 20008]
現実的にパレスチナ難民が次々とイスラエルに帰国し、隣同士に住むことを考えると、現実的にそうした状況を認めることは困難なのかもしれませんが。
ここの部分にいかに対応するのかはやはり話し合いで詰めるしかないのでしょうか?(形としては帰還権は認めるけれども、現実的には違う形をとる方法を考えるとかいったことになるのでしょうか?たとえば現実的には行き来する「通行権」を認めるとか?)
しかし、今、国際規模で考えないといけない問題は、このグローバルな時代にいかに各国民、各民族の意識をこえて「人権」というものがあり得るのかであるような気がします。
たとえばイラクの民族自決権よりも個々の(フセインの圧政で苦しんでいる人達の)人権を尊重してフセイン政権を倒すのだというとき、その「人権」とはなんなのか?
全人類共通に通用する「人権」という概念が成立するのだろうか?この点を考え、国際的なルールを作らないと、民族自決権よりも人権を重視して制裁を加えたりすることの根拠が成り立たないのではないでしょうか?
だからアメリカが中東民主化すると言っていることが仮にアメリカの都合で言い出したことなのだとしても、この問題を考え、世界規模での「民主主義」とはどのように成立するのか?世界規模での「人権」とはどのようにあり得るのか?このことを考え、国際的なルールを作ることが今、必要なように思います。
その点でパレスチナの人達の人権をいかに扱い、どう対応するかということは、アメリカが進めると言っている「中東民主化」の内実を試すものなのではないだろうか?と思います。
これは メッセージ 5147 (kusukusu552000 さん)への返信です.
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