帰還権は実は危険
投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2003/05/08 18:31 投稿番号: [5135 / 20008]
>ロードマップの推進は早くも問題の核心に触れつつあるようだ。
>ちなみに帰還権は1948年の国連決議194-III。その後1967年の第三次中東戦争を経て国連決議242が採択、「領土からの撤退」と「イスラエルの生存権をアラブ側が認める」ことが求められてきた。
(中略)
>したがって、帰還権の問題には、「ユダヤ人とパレスチナ人の国家を樹立するとの原則に反しないかたちで行使」*、といった「妥協点」が求められるのだろう。と理解しているのだが。
私はロードマップにおおいなる期待をしながらも、
「やっぱ無理だろ」と諦めながら見ていました。
しかし、いきなり帰還権の話が出てきたのにはびっくり。
「解決しやすい話から話し合い、難題は最後で」という流れをぶちこわすものだが、
かえって、このほうがいいかもしれない。
というのは、
1 帰還権ほど両者の要求が正面からぶつかりあう物はないから、早めに論議を始めておいた方がよいから。
2 帰還権について「難民はすべて、イスラエル国内にも戻る」というパレスチナ側の言い分は「理想と妄想の混合」。
つまり、現実的には、難民のイスラエル国内への帰還は「不可能」である。
アッバス氏が、その現実を受け入れたところで条件闘争ができるような人物なら、このロードマップにも希望は出てくるが、
クリントン時代のアラファトのように、原理原則をふりかざして譲歩を拒否するようであったら、最初から交渉は時間の無駄となる。
つまり、パレスチナ新内閣の「真剣さ」を問うには、格好の議題であるから。
難民の帰還権は、イスラエル側の入植と同じような癌だと思う。
前者は国際法や国連やらの御墨付きがあり、後者にはない、という違いがあるが、
その違いは実はたいしたことはない。重要なのは、入植も難民の帰還も同じように
「1つのイスラエル/1つのパレスチナ」という平和への枠組みを壊す物でしかない、ということ。
イスラエルは、1967以前のイスラエルでは満足できない。
そこで入植者を占領地に送り込み、そこを実質的なイスラエル領にしてきた。
虫食い状態になった占領地は経済活動を喪失し、住民は去っていくだろう。
そこで正式に占領地を併合してしまえばよい。
これがオスロ以前の正式な戦略であり、オスロ後もなんとなく引っ張ってきてしまった。
つまり入植は「1つのイスラエル」の隣に、「もう一つの実質的なイスラエル」を作ろうとしてきた。
難民の帰還権は一見「難民が生まれた家に帰る」権利とみえる。これを正面から否定できる人はあまりいないだろう。
しかし、その裏にあるのは冷徹な計算である。
帰還権の正体は、イスラエル国内に大量のパレスチナ人を送り込み、それを生物学的に(パレスチナの出生率はかなり高い)強化しようというもの。
そして、いずれはこのパレスチナ系イスラエル人が多数派に近くなったところで
パレスチナにイスラエルを併合しよう。これが難民の帰還権に込められた願望である。
つまり「1つのパレスチナ」の隣に、「もう一つの実質的なパレスチナ」を作ろうという戦略なのである。
パレスチナ問題は
「シオニストによって家を逐われた人が、おうちに帰れるように頑張ってるんだよ」
といった構図で語られることも多い。
その構図が正しいかどうかはともかく、PLOらにとって難民の帰還権はアイデンティティともいえる。
そのような重要な問題を、就任まもないアッバス氏が決定できるとは思えない。
クリントン時代のキャンプデービットやタバでの交渉では、
パレスチナ側は難民の帰還権を基本的に放棄。
イスラエル側は難民のごく一部(数千人〜数万人程度)を象徴的に受け入れ、
他の難民への援助を行う。
という形で解決できそうだったらしい。
やはりアラファトに決断しておいてほしかったね。
>ちなみに帰還権は1948年の国連決議194-III。その後1967年の第三次中東戦争を経て国連決議242が採択、「領土からの撤退」と「イスラエルの生存権をアラブ側が認める」ことが求められてきた。
(中略)
>したがって、帰還権の問題には、「ユダヤ人とパレスチナ人の国家を樹立するとの原則に反しないかたちで行使」*、といった「妥協点」が求められるのだろう。と理解しているのだが。
私はロードマップにおおいなる期待をしながらも、
「やっぱ無理だろ」と諦めながら見ていました。
しかし、いきなり帰還権の話が出てきたのにはびっくり。
「解決しやすい話から話し合い、難題は最後で」という流れをぶちこわすものだが、
かえって、このほうがいいかもしれない。
というのは、
1 帰還権ほど両者の要求が正面からぶつかりあう物はないから、早めに論議を始めておいた方がよいから。
2 帰還権について「難民はすべて、イスラエル国内にも戻る」というパレスチナ側の言い分は「理想と妄想の混合」。
つまり、現実的には、難民のイスラエル国内への帰還は「不可能」である。
アッバス氏が、その現実を受け入れたところで条件闘争ができるような人物なら、このロードマップにも希望は出てくるが、
クリントン時代のアラファトのように、原理原則をふりかざして譲歩を拒否するようであったら、最初から交渉は時間の無駄となる。
つまり、パレスチナ新内閣の「真剣さ」を問うには、格好の議題であるから。
難民の帰還権は、イスラエル側の入植と同じような癌だと思う。
前者は国際法や国連やらの御墨付きがあり、後者にはない、という違いがあるが、
その違いは実はたいしたことはない。重要なのは、入植も難民の帰還も同じように
「1つのイスラエル/1つのパレスチナ」という平和への枠組みを壊す物でしかない、ということ。
イスラエルは、1967以前のイスラエルでは満足できない。
そこで入植者を占領地に送り込み、そこを実質的なイスラエル領にしてきた。
虫食い状態になった占領地は経済活動を喪失し、住民は去っていくだろう。
そこで正式に占領地を併合してしまえばよい。
これがオスロ以前の正式な戦略であり、オスロ後もなんとなく引っ張ってきてしまった。
つまり入植は「1つのイスラエル」の隣に、「もう一つの実質的なイスラエル」を作ろうとしてきた。
難民の帰還権は一見「難民が生まれた家に帰る」権利とみえる。これを正面から否定できる人はあまりいないだろう。
しかし、その裏にあるのは冷徹な計算である。
帰還権の正体は、イスラエル国内に大量のパレスチナ人を送り込み、それを生物学的に(パレスチナの出生率はかなり高い)強化しようというもの。
そして、いずれはこのパレスチナ系イスラエル人が多数派に近くなったところで
パレスチナにイスラエルを併合しよう。これが難民の帰還権に込められた願望である。
つまり「1つのパレスチナ」の隣に、「もう一つの実質的なパレスチナ」を作ろうという戦略なのである。
パレスチナ問題は
「シオニストによって家を逐われた人が、おうちに帰れるように頑張ってるんだよ」
といった構図で語られることも多い。
その構図が正しいかどうかはともかく、PLOらにとって難民の帰還権はアイデンティティともいえる。
そのような重要な問題を、就任まもないアッバス氏が決定できるとは思えない。
クリントン時代のキャンプデービットやタバでの交渉では、
パレスチナ側は難民の帰還権を基本的に放棄。
イスラエル側は難民のごく一部(数千人〜数万人程度)を象徴的に受け入れ、
他の難民への援助を行う。
という形で解決できそうだったらしい。
やはりアラファトに決断しておいてほしかったね。
これは メッセージ 5120 (native_born_lonely さん)への返信です.
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