イスラエル/パレスチナ和平

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投稿者: take2210 投稿日時: 2001/10/14 15:31 投稿番号: [1949 / 20008]
イギリスは、1917年の「バルフォア宣言」により、ユダヤ人に対してパレスチナにおいてナショナルホーム(民族的郷土)の建設を認め、それを支援してきましたが、ユダヤ人とパレスチナ人との間の衝突、イギリスに向けられた非難、テロ行為に悩まされました。
1936年には、パレスチナ人よる大規模暴動が発生し、同年、イギリス政府によりパレスチナに派遣された調査団は、ユダヤ人とアラブ人を共存させる委任統治制度は、その機能を喪失しており、パレスチナを両民族に分割するべきであるとの報告書(ピール報告書)が提出され、イギリス政府の方針は、アラブ人に配慮する方針に変化していきました。
1939年5月に発表されたイギリス政府白書は、パレスチナの将来像として、パレスチナにおいて設立される独立国は一国であり、その中でユダヤ人とアラブ人が共通の政府をもつ、との考え示しました。
さらに同白書は、ユダヤ人の帰還に制限を加え、パレスチナにおけるユダヤ人の割合を同地の人口の3分の1までと上限を定め、移住できるユダヤ人の数を1939年以降5年間で75,000人に制限し、年間のユダヤ人入国者の数にも一定の上限を設定し、それを超える移住者は「違法入国」としました。また、1939年以降5年間が経過した後は、それ以上ユダヤ人がパレスチナに帰還することは、パレスチナのアラブ人が容認しない限り認めないとしました。
こうした措置に1942年5月に開催されたシオニスト会議で、前述のイギリス政府白書は「バルフォア宣言」に背くものであると非難し、同白書の内容を受け入れること拒否するとの声明を発表しました。ユダヤ人が、パレスチナにおいてアラブ人の隣人たちと十分協力していく用意も希望もあるとの立場も明らかにしました。ナチスのホロコースト等を機に、ユダヤ人に対する同情が広がり、ユダヤ人のパレスチナ帰還に制限を加えるイギリス対する批判が増大していきました。イギリスに対する反発は、ユダヤ人が多く住むアメリカからも盛んに表明されました。
ユダヤ人移住規制に対抗して、実力行使によってイギリスの海上封鎖を突破し、パレスチナの中にユダヤ人を送り込む作戦を実施したり、イギリス人やその施設をターゲットとしたテロも行うようになりました。
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